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a dog in wolf's skin

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そう言って、何処か吹っ切れたようにはにかむ相手に、また俺は面食らう羽目になった。あぁ、アンタって人は本当に。


「クールでホットですねぇ。」
「何だよそりゃ、バカにしてんのか?」
「まさか、最高に褒めてますよ。」
「ホントかぁ?」
傍らの顔が訝し気に歪む。くるくるとよくもまぁ表情が変るもんだ、と内心感心しながら薄い笑みを浮かべた。
「ええ。あんたはホント興味深いお人ですぜ。滅多に出逢えないタイプだ。普通自分に銃を向けた護衛なんて即クビですよ、クビ。なのに、あんたは俺が絶対殺さないと言い切ったもんだ。大体、どうしてそこまで俺の事を信用してくれてんですか。」
「人を信用しちゃいけないのか?」
「いや、この場合とその回答とは些か意味が違いますぜ。」
「………ん、…なら……――きっと俺はさ、天草を信じたいんだ。」
「―――はい?」
少し耳を疑う。発せられた言葉が意外だった所為もあるし、曖昧に聞こえたからだ。見れば、相手も相手で自分の発言に自信がなさそうに眉尻を下げていた。そんな顔をするものだから俺の意識は益々集中してしまう。そして、どこか困った顔をしながら言葉は続けられた。
「えっと、俺家族が死んでからずっと一人だったようなもんだろ?そりゃ友達とかはいたぜ?そいつらにもすげぇ救われたし、助けられてたけど。お前が護衛になってからなんだよ。誰かと一緒に食事したり、家に帰って、ただいまを言える相手がいたり、あぁ、殆ど一緒に帰ってたけどな。まぁとにかく、ずっと一緒にいる事が出来る相手がいるってさ、こんなにも有り難くて、楽しくて、心が軽くなるって思えたのは、お前が護衛になってからなんだよ。」
俺はどれだけ間抜けヅラをしていただろう。正しく、開いた口が塞がらなかった。同時に急激にこの人が愛しくなって、抱き締めてやりたくなった。けれど、やはり何処か現実味が無い衝撃を受けた俺は飽きれる事に呆けた儘でいた。そんな状態に追い討ちが掛かる。

「だから、お前を信じたい。いや、信じてるんだ。」

それで、彼は年相応の屈託無い笑みを見せた。





―――――や、いやいやいや、
…こいつは、何て言うか。

完敗です。

心の中で両手を上げる俺の表面は未だ呆然とした儘で対面の相手が妙なものを見るように僅か歪み、覗き込む。
「なぁ、おい?あま―――………」
気付けば唇を塞いでいた。驚愕に見開かれた双眸が間近に見える。腰を引かせる動きがあったので、片手を伸ばし引き寄せ押さえ込んだ。柔らかな弾力に誘われる様下唇を舌先で軽く舐め同様に上唇へと動かし含む。やわらけぇ、癖になりそうだ。それを切っ掛けに歯列をなぞり咥内へと割り入れればピクりと抱いた身体が震えた。
「――っん…、ンぅ……ッ…!」
つい先程まで開かれていた目は今や苦し気に閉じられていて、もがくように俺の肩先と胸へ両手が添えられ押される。しかし、相手の舌先を強引に捕らえ絡め取るとその力も次第に微弱になり始めた。絡めた舌に吸い付き口付けを深めると唾液で湿った音が小さく響く。相手の口端から滴る頃合に漸く口を離してやれば、当初拒絶していた両手はすっかり俺の服へとしがみ付き肩で息をしている始末。
「――っは、…はぁっ、はあ………ッ…、何、しやがる…?」
こんな荒い息を吐きながら、努めて睨みを利かされても情欲を誘われるだけですぜ。ほんっと、イイ顔しますね、あんた。やばいな、マジでこの儘押し倒しちまいそうだ。濡れた顎先を舐め取りながら、まあ俺はいつもの調子で言う。
「いやぁ、余りにもグラってきたもんで。」
「……ぅ、あッ、…ばかやろ、別にそう言う意味じゃ――ッ、」
「俺を信用してるってンなら、今この流れで、以降何にもしませんって言っても信じてくれるんですかい?」
口端に這わせた舌を悪戯に下らせながら顎のラインを辿れば面白い程反応してくれる。さっきのキスが効いたんだろうか。でも律義にも俺が尋ねた事柄をちゃんと考えてくれているようで刺激に耐えながらも瞳の色は真剣に見える。暫し、長くない間の後にまた、予想外と言うか、いや、やっぱりと言うか、そんな返事が寄越された。


「…っひひ、信じてやるよ、お前がそう言うんならな。」
「……ホント、何処までも興味深い方ですね。」
「俺の信じてる天草なら、そろそろ主人の命に従わざるを得なくてココで手を止めて離れる筈だ。お前意外と従順な所あるもんな。」
多少落ち着きながらも、まだ乱れた息の儘冗談交じりに紡ぐ。俺は何とも言えなくなって、気付けば何でか相手の言葉通りに手が止まった。
…あれ?図星か?いやいやまさか。俺ってそんなに忠誠心がある奴だったっけか。こんな俺を見て相手の笑みがホラ、と深まる。
「言った通りだろ?この儘お前に凭れて寝ちまったって俺の許可ナシじゃ何もしないだろうぜ。そうだろ?」
「その自信はどっから来るんですか。狼の前で寝るなんていい度胸の羊ですな。」
「いっひっひ、俺は羊ほど大人しくねぇぜ?それでお前は、狼じゃなくて忠犬だ。」
堂々たる物言いはやはり生まれの所為だろうか、何処となく貫禄さえも窺える。「イヌ」と言う言葉を出されると、どうにも抗えない気がするのは、嘗ての記憶が邪魔しているに決まっている。短く吐息を付きながら密着を強要させていた手を離し、その軌道の儘軽く後頭部を帽子ごと掻いた。

「……っあー……、何かいつの間にかあんたのペースですね。」
「あのなぁ……、そんな不本意そうな顔すんなよ。」
「あんたに告ったの、結構本気だったもんで。」
肩を落とし気味に目線を外してぼやけば、少しだけ相手の顔色が変わる。双眸を丸めて何やら焦ったような、困ったような、照れたような、そんな御人好し全開の顔で。俺が狼じゃなくて良かったですね。そんな顔見せたらあっという間にスキを突かれて組み敷かれてますぜ。
「……あ、えっ…と…、まだ何か無理って言うか………、でも別段嫌だった訳じゃな、…ッじゃなくて!あぁあああぁああっ!!とにかく!!アレだ!!!俺はもう寝るぜ!朝も早かったし、船酔いを忘れるには寝るのが一番だ!」
「いきなり何言ってんですか。それに坊ちゃんのは船酔いじゃなくて乗り物全般でしょーが。」
「いいんだよ!さっさとそこ座れ!」
取り留めないセリフの後、さりとて反論もないので指示に従い示されたデッキの長椅子に座れば、ほぼ同時に相手の頭部が俺の膝上へと預けられる。椅子に両足を投げ出し腕を組んで半ばヤケを起しながらも詰まり気味に叫ばれた。
「今は、ここまで、…だ!」
「…………え?」
「お休み!」
些か置いていかれ気味な俺を他所に瞼は閉じられた。心身共に疲れていたのだろう、最初こそ、自分から状況を作った割に居心地悪そうに見えたが船に揺れに誘われたか寝息が聞こえるまでは余り時間は掛からなかった。




そんな訳で、俺は身動きを取れずにいる。



作品名:a dog in wolf's skin 作家名:こt