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美少女オタクと鏡音レン

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少年と歌



 レンはしょぼくれていた。リンのコーラスとはいえ、歌わせてもらえるようになったこと自体はうれしい。でも、来る日も来る日も『ラー』とか『アー』ばかり。自分の歌を歌いたいなんて贅沢は言わない。せめて、もっとちゃんとしたフレーズを歌いたい。けれど、歌わせてもらっても、滑舌が悪いらしく、自分じゃマスターをいらいらさせるばかりなのだ。
「どうすりゃいいんだよ……」
 ころんとソファの上に横になり、どうしようもできないもどかしさにしょぼくれていた。
 ごろごろと、ソファの上で寝返りを打つ。
 ふと、視線が気になった。
 目を開けてぎょっとした。ミクとリンが、ソファの縁からにんまりとした笑顔で顔を覗かせていたのだ。
「な、なんだよ二人とも、気色悪いなぁ……」
「気色悪いとはなによ。せっかくリンちゃんがお姉さまと一緒に、あんたのこと元気付けてやろうっていうのに!」
 むっとリンがふくれっつらになる。
「う……悪かったよ」
 レンはとっさに謝っていた。リンの馬鹿力は、クリプトンに居た頃から散々思い知らされてきたのだ。ここでまた襟首つかまれてぶん回されでもしたら、たまったものではない。 
「で、元気付けてくれるって?」
「うん。レン君、コーラスしかやらせてもらってないじゃない? つらいんじゃないかと思ってね」
「しょうがないよ。俺は滑舌悪いし……。男だし。おっさんのマスターから見れば、なんの魅力もないもん」
「あー、もう! なんであんたはそんなに卑屈なのよ!!」
「まあまあ、落ち着いてリンちゃん」
 いらいらと頭をかきむしるリンを、ミクが慌ててなだめた。なだめないと、この片割れは、手当たりしだい周りのものを破壊しかねないのだ。
 けれど、卑屈になるのも仕方がない。すべて、事実なのだから。
「でも、レン君、自分に魅力がないなんて言っちゃだめだよ? レン君の声は、私たちの声よりずっと力強くって伸びるんだもの。調整さえ上手くしてもらえれば、レン君が一番すごい音を出せるんだから」
「そうそう。悪いのは根性なしのマスターよ」
 二人がそんなことを言う。レンは無理やり笑った。
 自分が一番すごいなんて、事実なのかどうかはわからない。けれど、そうやって元気付けようとしてくれるだけで、十分うれしかった。
「サンキュ、二人とも。ちょっと、元気出た」
「ちょーっと待った! これで満足なんてしちゃぁだめよ」
 チッチッチと、リンが指を振る。ミクもなんだかにこにことしてレンの手を握ってきた。
 嫌な予感に駆られて、とっさにレンはソファの上を後ずさった。けれど、そこにリンがずいっと顔を寄せてきたから、逃げられない。
 にたりとリンがレンの耳元で笑った。
「いい情報があんのよ。これさえ抑えとけば、マスターがあんたに曲を作ってくれること間違いなしっていう情報が」
 マスターが曲を作ってくれる? そんな嘘みたいなことが現実になるのだろうか?
 レンはミクとリンを見つめなおした。二人ともにこにこと上機嫌だ。
 嫌な予感はある。けれど、本当にマスターが自分のために曲を作ってくれる可能性があるのなら、それに掛けてみたい。
 レンは、ソファの上に座りなおした。
  



 マスターは一人、自分の部屋でパソコンに向かっていた。新曲を作ろうと思っていたのだが、いいフレーズが浮かんでこない。
 ドアがノックされたのは、そんな風に頭を悩ませていたときだった。
「あー? なんだー?」
「マスター? ちょっといいか?」
 どうせミクかリンだろうと思って気軽に返事をしたのに、返ってきたのはレンの声。心臓が飛び跳ねた。
「お、おう、な、なんだっ!?」
 慌ててデスクトップを片付けて、パソコンを背に隠す。振り返ると、レンがどことなくそわそわとしながら、入ってきた。
「あ、あのさ……」
 上目遣いに見上げられると、それだけでくらっとあっちの世界に旅立ってしまいそうだ。先日の一件以来、どうやってもレンをそういう目でしか見られなくなってしまっている。もはや末期だった。
 いやいや、だが、本人を前にさすがにちゃんとしなければ。思い直して、ぴんと背筋を正した。
「なんだ?」
 勢いあまって声が不機嫌になってしまった。
 レンがびくっと身を震わせる。
 いや、別に不機嫌ではないんだ、決して。とほほと、心の中でマスターは泣いた。
「マ、マスター! あの、俺を……」
 言いづらそうにちらちらとマスターの顔を見るレン。いや、そんな顔で見ないでくれと、マスターは叫びそうになっていた。
 だが、それに続いた言葉はそんな魔力の比ではなかった。
「俺を、俺を調教してくれ!」
 ズキューン!!
 とっさに浮かんできたのは頬を上気させ、泣き濡れるレンの顔。いや、そういう意味じゃない。そういう意味じゃないに決まっている。
「な、な、な、なにを、いきなりっ」
「トクベツな調整のこと、調教っていうんだろ? それをしてもらえば、俺もちゃんとできるようになるって! だから、マスター、俺を調教してほしいんだ!」
 誰だいったいレンにそんなことを吹き込んだのは!!
 そのとき、マスターはドアの隙間にきらめく四つの目を見つけた。にやりと笑う金の頭と緑の頭。あの二人か。そうか、あの二人のせいなのか! つまるところはあれか、腐女子ってやつか!
 しかし、ここであの二人のペースに乗せられてしまうわけにはいかない。どうにか自分のペースを取り戻さなければ。
 マスターは自分を落ち着かせようと、慌てて深呼吸をした。うん、少し落ち着いた気がする。
「いや、レン、それは、違うぞ」
「やっぱり、俺じゃだめなのか?」
 潤むレンの目。マスターの落ち着きはどこかに吹っ飛ばされた。レンの体を抱きしめようと、手がわきわきとうごめいてしまう。
「だめってわけじゃ、むしろ、イイって言うか……」
 って、何を言い出すんだマスター!?
「本当か!? じゃあ、俺の曲作ってくれるのか!?」
 ぱっとレンが顔を輝かせた。信じられないというように、喜び、そして期待に目を輝かせる。
 そんな姿を見たら、むらむらと燃え盛る炎が急にしぼんだ。
 そういえば、コイツのこんな顔を、見たことはなかったような気がする。今まで、悪いことをしてしまっていたかもしれない。
 ぽんと、マスターはレンの頭に手のひらを置いて笑った。
「しゃーねーな。作ってやるよ、お前だけの曲。その代わり、調整、厳しいからな。覚悟しとけよ」
 レンが思い切り元気よくうなずいた。
 やったとはしゃぎまわるレンに、ため息をつく。こうなったら、がんばらなければいけない。レンをがっかりさせるような曲は書けない。
 リンとミクに急いで報告に走るレンを見送って、マスターはもう一度、デスクトップに向かった。
 そこには、書きかけたレンの歌があった。

作品名:美少女オタクと鏡音レン 作家名:日々夜