美少女オタクと鏡音レン
愛しの君
レンは、最近、なぜか心の奥にもやもやと何かがわだかまっているような気がしていた。
歌は、歌えるようになった。しかも、マスターが作ってくれた、自分だけの歌だ。すごくうれしかった。
でも、なぜか心のもやもやは晴れない。むしろ、どんどんどんどん大きくなって、苦しくなっていく。マスターと一緒に居るとき、特にそう感じる。すごく楽しくて、嬉しいのに、同時に胸のあたりが苦しいのだ。自分は、一体どうなってしまったのだろうか。
今日は、マスターは部屋にこもって出てこない。また、曲作りをしているのかもしれない。そういうときは、なるべく邪魔をしないようにしている。せっかく自分たちのためにがんばってくれているのだから、邪魔をしてはいけない。でも、さびしかった。
ため息をつきながら、レンはリビングに足を向けた。ミクとリンが、楽しそうに何か話していた。
「何の話してるんだ? 二人で」
気軽にレンは声を掛けた。だが、リンがそれを見て嫌そうに眉間を寄せた。
「あんたには関係ない話よ」
「なんだよ、その言い方」
そんな風に言われたら、こっちだっていくら興味がなくてもむっとする。なんで、コイツはこういう態度しか取れないんだろう。
心のもやもやも手伝って、かっとなった。
「そもそも、お前は言葉遣い悪いんじゃねーの? ちっとは女らしくしたらどうだよ!」
「なんですって!?」
「まあまあ二人とも落ち着いて」
二人して頭に血が上ったのを、ミクが止めに入る。ミクに抑えられて、怒りは収まったけれど、やっぱりなんだかむしゃくしゃしていた。
「レン君、マスターがいないから、イライラしてるんだね」
「なっ」
まさしくそのとおり。ずばり言い当てられて、顔が真っ赤になった。それでは、その通りだと言っているのも同じなのに、正直な自分が腹立たしかった。
ミクが、それを見て笑った。
「ちょうど、マスターの話をしてたんだ」
「マスターの?」
マスターの話、というのにレンの興味が沸いた。立ち去ろうと思ったけれど、思い直して自分もソファに座る。
「うん。マスターって、いい年なのに、彼女も作らないじゃない? 誰かいい人いないのかなってね」
言われてみれば、そうだ。マスターの年齢を考えれば、そろそろ奥さんどころか、子供の一人でもいてもおかしくない。
「でも、マスターに彼女できたら、私たちもしかしたら忘れられちゃうかも」
リンがそんなことを言った。その台詞に、不安が、急に重く心にのしかかってきた。
マスターが自分たちを忘れる。自分の彼女が、奥さんが、子供ができたなら、自分たちにかまっている暇はなくなるかもしれない。そうしたら、自分なんて真っ先に忘れ去られてしまうかもしれない。
「ま、あのマスターにそんな甲斐性あるとは思えないけどねー」
からからと、リンが笑った。けれど、レンは不安が拭い去れなかった。むしろ、どんどんどんどん不安だけが大きくなっていく。押しつぶされてしまいそうだった。
「好き、といえば、レン君は好きな人とか居ないの? レン君もそろそろそういったお年頃だと思うんだけどなー」
いつの間にか、好きな人の話に移っていたらしい。ミクに急に話を振られて、戸惑った。けれど、とっさに出てきたのは、マスターの顔だった。
「マスター……」
苦しかった。
苦しくて、レンは泣き出していた。
レンは、二人を置いて立ち上がった。マスターに会いたかった。マスターの下へいきたかった。
レンは、マスターの部屋に駆け込んだ。
作品名:美少女オタクと鏡音レン 作家名:日々夜