美少女オタクと鏡音レン
「マスター!」
曲作りの邪魔をしないように、なんて気持ちはどこかへ消えていた。
マスターの部屋の扉を、思い切り開け放つ。けれど、扉を開け放ってしまってから、レンはそこに誰も居ないことに気がついた。返ってきたのは、空虚感だけだった。
「なんで誰も居ないんだよ……」
ぐすっとすすり上げて、涙をぬぐう。少し、トイレか何かに行ったのかもしれない。待っていれば、きっと戻ってきてくれる。
レンは、寂しさにきりきりと痛む胸を抱えながら、マスターの椅子に座った。
そのとき、手がマウスに当たって、パソコンのモニターにデスクトップが開いた。
そこで、目に入ってきた映像に、思わず音を立てて椅子から立ち上がっていた。
「な、マスターこんなの見てたのかよっ」
パソコンの画面に開いたのは、いわゆるエロ動画。女の人が男に抱かれて喜んでいる映像。
真面目に作業しているのかと思ったら、こんなことをしていたなんて、ちょっとショック。
でも、それよりもっとショックだったのは、やっぱりマスターも男なんだってこと。ごく普通の男の人なら、こんな映像当たり前に見ているんだろう。
悔しかった。
ミクやリンと違ってなんて言ったら二人に失礼だけど、自分は男で、マスターにそういう意味で近づくことはできないのだ。
マスターをどんなに好きでも、その差は埋めることはけしてできないのだ。
悔しくて、涙が止まらなかった。
「ど、して……っ」
マスターが大好きだ。
マスターに歌わせてもらえれば、とてもうれしい。でも、それだけじゃ足りない。もっと、もっと、マスターを知りたい。マスターに好きになってもらいたい。ボーカロイドとしてじゃなくて、もっと別な形で。
「あー、すっきり……どわ、レン!?」
扉が開いて、マスターが入ってきた。
「どうしたんだ、泣いたりして!? あ、これ見ちまったのか!? す、すまん十四のお前には刺激が強すぎたな。俺が悪かった!」
マスターは、レンがエロ動画を見たせいで泣いているんだと思ったらしい。よしよしとまるで子供のように頭をなでられる。
ますます悔しくなった。
「マスター……っ」
気がつくと、俺はマスターに口付けていた。無理やり唇を押し付けるだけ。やり方も何もない乱暴なキス。
マスターは呆然としていた。
「マスター、俺マスターが好きだっ。マスターに歌わせてもらうだけじゃ嫌なんだ。マスターのこともっと知りたいし、こういうこともしてもらいたい……っ」
泣きじゃくりながら訴えた。自分でも何を言っているのかわからなかった。けれど、懸命に訴えた。
最初は呆然としていたマスターも、次第に理解したのか、耳まで赤くし始めた。
「おま、何言ってんのかわかってないだろ。こんなの見たから混乱してるだけなんだろう、な」
果てはそんなの、ただの勘違いだなどと言われた。
「混乱なんかしてない。俺は正気だよ。俺はマスターとキスしたいし、SEXだって……っ」
無理やり口を押さえられた。
「とにかく、落ち着け。なんというか……。おまえにゃまだそんなことは早いと思ってたんだがなぁ……」
ぼりぼりと、マスターが頭をかく。困ったような顔だ。
そんなに嫌なのだろうか。当たり前だ。俺は男で、マスターも男で、普通だったら気持ち悪いと思うはずなんだから。
ぼろぼろとまた涙があふれる。泣いたってどうしようもないのに、泣くしかできない。それがまた悔しかった。
「泣くな、男の子なんだろ」
マスターが俺の顔を包み込み、涙をぬぐった。マスターが困ったような顔をしている。でも、笑っていた。
不意に、唇が触れた。ついばむような、やさしいキス。
今度は、レンのほうが呆然とする方だった。
「な、んで……?」
「お前がしたいって言ったんだろうが」
がっくりと、マスターは肩を落とした。
「せっかく俺が、必死で我慢してたってのに……」
いい大人なのに、いじけるような背中。
その言葉の意味が最初わからなかった。でも、気づくとカーッと一気に顔が熱くなった。
レンは笑った。
「なんだ、俺、一人で悩んでバッカみてぇ」
気がつけば両想い。呆れるくらいにばかばかしくて、でも、うれしかった。
「マスター、大好きだっ!」
レンはマスターに飛びついた。マスターは真っ赤になりながらも、しっかり抱きしめてくれた。
作品名:美少女オタクと鏡音レン 作家名:日々夜