VOCAROID's Spirit
What is the reason?
リンにはがんばると言ったものの、カイトは自信がなくなっていた。調べるにしても、頼みのリンの記憶はあやふやで、結局何がきっかけだったのか、わからずじまいだったのだ。クリプトンに問い合わせるにしても、縁故なんてないからどうしようもない。かといって、本人に聞くわけにも行かず、どうにも手詰まりなのだ。
それなのに、マスターはやる気満々で、とうとうカイトとレンのセッションの日がきてしまうことになったのである。
「さあ、二人とも、よろしく頼むわよ!」
意気揚々とするのはマスターだけ。ちらりとレンを見れば、相変わらずのむっつり顔。
「よろしくね」
一応そう声をかけても、鼻で返される始末。気が重かった。
しかし、マスターの意気込みは衰えることを知らず、曲は順調に流れ出す。
始めの一声。気が乗らないながらも声に出して、カイトはいきなり戸惑った。何かが違うのだ。それでも歌ってはいたけれど、カイトは違和感を拭い去ることができなかった。
レンは、自然に歌っている。マスターの打ち込みが悪いわけではなさそうだ。けれど、何がと説明が付けられないが、違うのだ。
「マスター」
カイトは歌を止めた。
レンが、あからさまに嫌な顔をする。その視線を痛いほど感じながら、カイトはマスターがいる別室へと移った。ここからなら、レンに声は聞こえない。
「マスター、レンくんの声、ちょっとおかしくありませんか?」
思った違和感を打ち明けた。上手く説明できないのがもどかしかったが、マスターはカイトが何を言いたいのか察したようだ。
「私も思ってたの。なんかカタイというか……。緊張してるのかしら」
レンは、一人マイクの前で、こちらを睨みつけるようにみつめている。
「ちょっと、屋上で休憩しましょうか」
賛成、とリンが勢いよく手を上げた。一人、歌えなくてつまらなかったらしい。
リンがレンを呼びに行く。内心、カイトはほっとした。
休憩することで、レンのカタさがなくなってくれればいい。ついでに、あの無愛想さも改善してくれるのならいいのだけれど。苦笑いを浮かべながら、カイトはそう思った。
けれども、そんなことでは改善するわけもないだろう。一体、原因はなんなのだろうか。カイトは、もう一度大きくため息をついて、スタジオを出た。
スタジオは、古びたビルだった。周囲を高いビルに囲まれた中に、ぽつんとある。屋上も、ところどころ手すりが錆付いていた。
「ま、こんなとこだけど、休憩くらいはできるでしょ」
苦笑いしながら、マスターはタバコに火をつける。タバコは体に良くないと言っているのだが、彼女はやめようとはしないのだ。
手すりに寄りかかり、彼女は煙を吐き出した。
そのときだった。
ぐらりと手すりが揺らいだ。
「え? ちょっ」
マスターがビルの谷間に、倒れていく。手すりの外はコンクリートの地面までまっさかさまだ。
「マスター!」
カイトはとっさに手を伸ばした。
だが、それよりも早くマスターの手に届いた、別の手があった。
レンだった。
レンがマスターを、寸でのところで引き止める。外れた手すりだけが、ビルの下へと落ちていき、下で激しくコンクリートとぶつかった。
「た、助かった……。ありがとう、レン……」
「馬鹿野郎! 気をつけろよ!」
マスターも、カイトも、こんな場合だというのに、そのレンの姿にあっけにとられていた。彼がそんな風に感情をむき出しにするのを、初めて見たのだ。
視線が全部自分に集まり、レンは戸惑ったように視線をそむけた。
「と、とにかく、マスターが無事でよかったですよ。後で、ここの管理会社に文句言っておかないとですね」
カイトはそう言いながら、レンの様子を考えていた。
マスターを守ることは、ボーカロイドにとって、何より優先される。けれど、レンの場合、それ以上の何かがあるような気がした。
もしかして、それがレンの無愛想さと何か関係があるのだろうか。
しかし、今の一件で、休憩は終わりとなった。考えている暇がなくなって、カイトは先に下りて行こうとするマスターとレンの後を追いかけようとした。
そのときだった。
「カイトお兄ちゃん!」
ぐいっと、いきなり袖を引っ張られ、カイトは屋上の床に頭を強く打ち付けることになった。
またしても、リンだった。
「リンちゃん、お願いだから、手加減をしておくれ……」
涙ながらに訴えると、リンがかわいらしくてへっと笑う。いやまあ、かわいいのはいいのだが。
「それより、お兄ちゃん、思い出したのよ」
「何をだい?」
頭を押さえて振り返ると、リンが目を輝かせていた。
「レンがああなった理由よ!」
思い出して意気込むリンに、カイトは詰め寄っていた。
これは、何が何でも聞かなければいけなかった。
作品名:VOCAROID's Spirit 作家名:日々夜