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そして、それから先は誰も知らない

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翌朝にイギリスが目を覚ました時、其処にアメリカの姿は無く、代わりに何時持って来られたのか分からない、イギリスの部屋に置いてある筈のスーツケースがポツンと置かれていた。
 恋人同士が迎えるような、そんな甘い朝を期待していたわけではない。昨夜の行為だって、一方的なものだったのだ。リップサービスさえ与えられなかった。
 だから、これは違う。
 頬を流れるのは、涙なんかでは、決してない。



 節々が痛む体を叱咤し、何とかイギリスが身支度を終えたのは、十一時を回ろうかという時間だった。会食が始まるのは一時からで、このホテルから会場までは車で十分程だ。
 それでもイギリスは、ギリギリまでベッドに横たわることもなく、早々にアメリカの部屋を後にした。そしてそのままタクシーに乗り込み、真っ直ぐに会場に入る。
 礼儀を重んじる彼のこと。もしかしたらもう来ているかも知れないと期待したのだ。
「日本……ッ」
 そして探し人は、やはり居た。
「おはようございますイギリスさん。今日は随分とお早いんですね」
「あぁ、まあな」
「それで、何か?」
「話がある。此処じゃなんだから、ちょっと……そうだな、中庭にでも出ないか」
 これから話す内容は、なるべく周りの耳に入らない方が良いものだ。そんな空気を察したのか、日本は何も言わずに頷いた。
「……それで、お話とは?」
「日本、悪いことは言わない。アメリカのことはもう止めろ。彼奴は、お前が思ってるような奴じゃない。お前が辛い思いをするだけだ」
 一夜を共にして、分かった。
 アメリカに、特別な相手など存在しないのだ。何もかもが自分中心で、そのことに疑問を抱いてすらいない。
 自分が一番で、自分の欲望が満たされていればそれだけで良くて、それに振り回される周りのことなど考えもしない。
「だから……」
「知っていますよ」
「……え?」
「知っています。アメリカさんにとって、私が取るに足らない存在であることは。ずっと前から、知っていました」
 何でもないように日本はそう言うが、イギリスには理解出来なかった。
 思いが叶わないと分かっていて、何故思い続けることが出来るのか。何故体だけの関係など、続けられるのか。
 自分はとても無理だと、イギリスは思う。
 一度他人とは違う関係を許されてしまったら、次を望まずにはいられないだろう。どんどんと欲望は大きく、深くなっていくに違いない。
 今でさえ思いを押し殺すことに必死なのに、そんなことは到底無理だ。
 あまりの衝撃にイギリスが固まっていると、気遣わしげに日本がイギリスを覗き込んだ。
「あの、イギリスさん? 大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
 正直に言えば、全然大丈夫ではない。
 昨夜アメリカによって酷使された場所は、自身の特別な回復力を持ってしてもまだジクジクと痛みを訴えているし、飲み過ぎた所為で頭も痛い。満身創痍とはこのことだ。
「お気遣い、本当に有難う御座います。ですが私は、例えこの想いが叶わなくとも、アメリカさんのことをお慕いしているのです」
「そう、か…………」
「はい。こんなこと、イギリスさんにしか打ち明けられないですけど」
 そう言って日本が浮かべたのは間違いなく笑顔であった筈なのに、何故か見る者を切なくさせた。まるで、いつか散りゆく満開の桜を見るような。
 その笑顔がどうしてか泣き出す寸前に見えたものだから、イギリスは思わず手を伸ばしてしまう。