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カイトとマスターの日常小話

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メロウ





 12月ももうすぐ終わる。

 マスターの誕生日も、クリスマスも終わり、大掃除もほぼ済んで、後はキッチン周りとマスターの仕事部屋を片付ければ、今年のお仕事もおせちを作るだけになる。二年目も足早に過ぎていくなと思いつつ、僕は曇天が続き、久方ぶりに晴れた空の下、シーツを広げた。

 いつもの仕事を終え、縁側から和室を通ってリビングに出ると、マスターは洗物を終えていて、僕に気付いて、唐突に口を開いた。


「カイト、出掛けるぞ」
「どこにですか?」


干し終わって空っぽになった洗濯かごを抱え、僕はマスターを見つめる。マスターは何故だか眉間に皺を寄せた。
「…お前に紹介しときたいひとがいるんだ」
「…え?」
まさか、マスター、恋人出来たんですか?僕が余りにも驚いた顔をしてたのか、マスターは怪訝そうな顔をする。
「紹介したいひとって、彼女…とかですか?」
「は?…んなの作る暇がどこにある?お前の面倒見るだけで、俺はいっぱいだっての!」
「む!何、言ってるんですか。僕がマスターの面倒見てるんじゃないですか!!」
言い返すと、マスターは言葉に詰まって、悪態を吐いた。
「…最近、本当口が立つようになってきたな。可愛くねぇ」
「きっと、口の悪い誰かさんに似たんですねぇ」
「………俺かよ」
「他に誰がいますか。僕のボキャブラリーは僕の一番近くにいるひとから形成されていくんですよ」
「何だよ、それ。飼い犬が飼い主に似るのと同じか?」
「まあ、そんなところです」
「……そーかよ」
マスターは溜息を吐くと、取り敢えずと口を開いた。


「十分したら、出掛ける。着替えて来いよ。…寒いだろうから、マフラー、…してるか。帽子と手袋忘れんなよ」


マスターは口は悪いけれど、最後につく言葉はいつもやさしいのだ。





 言われた通りに、防寒して、玄関に行くとマスターは車の鍵を手にして僕を待っていた。


「んじゃ、行くか」
「車で行くってことは遠いところですよね?…僕に会わせたいひとって遠くに住んでいるんですか?」
「…もっと、遠くだけどな」
「?」
懐かしむようなどこか遠くを見るような目をした。それに何かを言ってはいけないような気がして、僕は黙って助手席に座り、シートベルトを締める。マスターも何も言わずに車を発進させた。




 車は僕の知らない道を走る。カーステレオから流れるのはジャズだ。耳に心地の良い音に思わずハミングしてしまう。マスターはそれを黙って聴いてる。いつもなら、ちゃちゃを入れてくるはずなのに。何でだろうとそっとその横顔を伺う。マスターはそれに気付いて、僕を見やった。
「もうすぐ、着くぞ」
そう言われて、僕は窓の外を見る。長方形の石が縦にいくつも並び、その前には花が添えられている。


(…お墓?)


初めて見る死んだ人を埋葬する為の場所…。何で、マスターはこんなところにどうして、僕を連れて来たんだろう?…そう思っている間に車は駐車場に止まった。マスターは小さく息を付くと車を降りる。僕も慌てて、それに続く。
「そこで待ってろ。花を買ってくる」
マスターは言い残して、少し離れた場所にある花屋さんに歩いていく。それを見送って、僕は辺りを見回した。冬枯れした木々は黄色い葉を数枚残して、冷たい風に吹かれてる。立ち上るどこか物悲しい花の香りと嗅いだことのない匂いがする。
「行くぞ」
「…あ、はい」
マスターがいつの間にか僕の隣に立っていた。置いていかれるのが嫌で、歩き始めたマスターの手を掴む。いつもなら、やめろと言って来るはずなのにマスターは僕の手を握り返した。
「…マスター」
「何だ?」
「…僕に会わせたいひとって、誰ですか?」
マスターの吐く息は白い。マスターは視線だけを僕に寄越した。
「誰だと思う?」
「…マスターのお母さんとお父さんですか?」
マスターの机の引き出しの中、偶然、見てしまった。家族の写真。会った事のない妹さんを高校生くらいの若いマスターが抱っこしてて、それをやさしく見守る女のひとと快活な笑みを浮かべる男のひと。その男のひとの笑った顔はマスターの笑ったときにとても良く似ていた。
「正解。…もう、十四年前か。事故で亡くなったんだよ」
「事故?」
初めて、マスターは僕に自分のことを話そうとしている。僕は動けなくなって、立ち止まった。
「俺はそのとき、大学に入ったばかりで、妹はまだ小学生で…。お袋も親父も突然、いなくなって途方にくれたけど、俺がしっかりしなきゃって思って、それからは本当に必死だったよ」
繋がれた手は手袋越しでも解る程、暖かい。それに僕は涙が出そうになった。
「…妹はまだ小さかったし、俺はまだ未成年で…最初の一年は離れ離れだった。それを何とか、妹を手元に引き取って…、学校に行かせてやって、寂しくないように…両親がいたころと何一つ変わらないようにと、本当に必死だったよ。…妹がいなかったら、俺の心はとっくにぽっきり折れてたと思う」
マスターは言葉を切った。
「…その心の支えだった妹も嫁に行ってさ。…あんなに賑やかだった、大好きだった家が静かで暗くて寂しくて…、帰りたくなくて…仕事ばっかりしてた。何かやってれば、仕事でも何でも寂しさから目を逸らしていられたし、大丈夫だって思えた。そうやって、寂しさから目を逸らしてた。…まあ、そんな無理してる状況が長続きするはずないわな。…俺は過労でぶっ倒れて、強制的に休暇を取らされた。…そして、お前の声を聴いた。…俺は今まで本当に無理してたんだって思った。…もうその無理をやめよう。俺にそれを気付かせてくれたお前の声を聴いて、毎日を過ごせたらこの寂しさはもっと埋まるんじゃないかって思ったんだ」
「…それで、僕が来て、マスターの寂しさは埋まりましたか?」
「ああ。埋まったよ。毎日が充実してて溢れだしそうなくらいだ。…お前が今のお前で、俺のところに来てくれたことを俺はとても感謝してる」
その言葉に僕のもともと緩い涙腺は崩壊してしまう。ぼろりと零れた涙にマスターは慌てた顔をして持っていたバックの中から、ハンカチを引っ張り出した。
「泣くなよ」
「だって…、ますたーが」
ぐずっと鼻を啜るとマスターは困ったように笑った。
「だから、新しい俺の家族のお前をお袋と親父に紹介しとこうと思って…。今日が命日なんだ」
「…ますたぁ」
この喜びをどう表現すればいいんだろう。ただただ、涙がぽろぽろ出てくる。止めようと思うのに僕の涙腺は僕の言うことを全然訊いてくれない。
「しょうがねぇな。あんまり泣くと、身体から水分全部出ちまうぞ?」
「…うっ、あいすたべてほきゅうします」
「アイスじゃ、補給出来ねぇだろ」
呆れた様にそう言い、マスターが僕の手を引く。ぐずぐずと泣く僕に、マスターが言った。

「こんな泣きべそな奴だって、紹介しないといけないな」
「別に、泣きべそじゃないです。ちょっと涙腺が弱いだけです」

手を引かれ、沢山のお墓が並ぶ中、マスターはその一画で立ち止まる。花瓶には既に白い花が生けられ、短くなった線香が煙を靡かせていた。
「先に来たのか。俺の花は入らないなぁ。まあ、いっか」