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無題if 赤と青 Rot und blau

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殉教者は願う。








長い回廊を歩く。目の前に人影を認め、プロイセンは立ち止まる。将校の軍服に身を包んだ青年はプロイセンに気づくと、居住まいを正し、敬礼した。

「…国外に行けと俺は命じた筈だが。その為の手配はしてやっただろう?」

青年を見やり、プロイセンは言葉を返す。青年はプロイセンに柔らかく微笑んだ。
「家族はアメリカに逃れました。上官のお陰です。有難うございます」
「…お前は何故、行かなかった?ここに留まれば、俺と雖も命の保障はし兼ねるぞ。ヘルマン」
プロイセンの赤に青年は小さく笑う。
「解っています。でも、無駄死にする気はありません。上官は東部前線に志願されたと聞きました。お供をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「…本当に死ぬぞ」
その言葉にプロイセンは眉を顰める。青年は言葉を続ける。
「収容所で無残な死を遂げるよりはマシでしょう。あなたのそばにいられるなら、例えそこが地獄であれ、幸せと言うものです」

曾祖母がユダヤの血を引く、東プロイセンの古都で生まれた青年は曽祖父の代より、プロイセンの側近として仕えてきた。プロイセンは名付け親でもあり、幼い自分をよく可愛がってくれた。物のない先の戦争の時代、自分とて相当苦しかっただろうに内緒だと言ってはよく食料を差し入れてくれた。そのお陰で家族は生き延びることが出来た。そして、帝国水晶の夜、ドイツ人以外の人種淘汰が始まった中、出自が明らかになり、親衛隊に連行されるのではと怯える青年とその家族の住まうアパートに青褪めた顔で駆け込んで来たのはプロイセンだった。

「…これから、ユダヤ人の迫害が一層、酷くなるだろう。お前の一族は俺に良く仕えてくれた。俺はその働きに今こそ報いなければならない。ここに家族分のビザと身分証明書を準備した。スイスの俺の知り合いに話を通してある。この手紙を国境で待っているバッシュと言う男に渡してくれば、いいように計らってくれるだろう。そこから、アメリカへと逃げろ。さあ、今すぐ、準備をしろ!」

急かされるままに急いで荷物を纏め、横付けされたジープに家族4人は乗り込んだ。プロイセンに送られ、スイスの国境を越え、そしてプロイセンの知り合いだと言う小柄なスイス兵士に、
「ギルベルとから預かったのである。確かに渡したぞ」
渡されたのは金貨の詰まった袋。当座の生活の足しにしろ。と手紙が添えられていた。スイス南部ジュネーブまで堅苦しい言葉で喋る青年に見送られ、フランス南部の港町マルセイユから家族三人がアメリカ行きの船へと乗ったのを見届け、青年は再び、ベルリンへと戻った。出自はプロイセンが手を入れたのか巧妙に隠され、兵も足りずにいた軍に入隊することは容易かった。

「…へルマンに…お前の曽祖父にそっくりだな。お前は…」

呆れたようにそう言ったプロイセンに青年は首を傾げる。
「そうですか?」
「ああ。俺がお前に付けた名前は、お前の曽祖父の名だ。ナポレオン戦争時、あいつのお陰で俺は死なずに生き延びた。それに俺は報いたかった。だが、お前は大馬鹿者だ」
怒っているのか呆れているのか、悲しんでいるのか…複雑に揺らぐ赤を青年は見つめる。
「大馬鹿者で結構です。それが私の誇りです。おめおめとあなたをひとり置いて逃げ、見殺しにしたとしたら、あの世で一族郎党に、お前は何をやっていたのだと責められ叱られてしまいます。…上官、私を卑怯者にしないでください」
青年の懇願にプロイセンは諦めたような溜息をひとつ落とした。
「…どうしようもない、馬鹿だ。…でも困ったことに、俺はそんな馬鹿が嫌いじゃねぇ」
プロイセンは苦笑し、赤い瞳を緩ませた。
「あの小さかった泣き虫坊やが一端の口を利くようになったもんだ」
栗色の淡い髪に青い目が微笑う。プロイセンの赤に怯えることも無く、生まれたばかりの赤子は微笑み、プロイセンの傷だらけの指を掴んで放さなかった。その子どもが大きくなった。それを嬉しく、誇らしく思う。
「…祖国よ、私は「プロイセン」がなくなろうとも、自分が「プロイセン人」だと言う事を誇りに思っています。私はプロイセン人として祖国であるあなたに殉じたい。ソ連軍はあなたの故郷に迫っているのでしょう?…私は私を生かしてくれたあなたの故郷を守りたい」
青年の一族の出自を辿れば宗教弾圧に苦しみ、逃れてきた異教の民であった。そして、プロイセンと言う国は人種に、信仰に無関心なまでに寛容な国だった。才能さえあれば、国は人種も信仰するものも厭わず、高官に召し上げた。プロイセンは国家に義務を果たしさえすれば、自由を信仰を縛ることも無く、法と秩序に守られた差別も偏見も無い住み良い自由な国だった。

『国家殿のお陰で、私たちは幸せに暮らせるのだ。曽祖父の二代前の当主は、戦争中、命を落とすところを国家殿に危うきところを助けられた。国家殿のお陰で私たちの今がある。ヘルマン、もし、国家殿に何かあれば、私たちの幸せも奪われてしまう。だから、誠心誠意仕えなさい。国家殿は私たち国民に慈悲深くやさしい方だ。きっと、私たちをいい方向へ導いて下さる。その方をお守りすることが私たち一族の誇りなのだ』

亡き祖父が幼い自分に語った言葉を青年は思い出す。

「ドイツ」の為に、殉じるのではない、この慈悲深くやさしい「祖国」に自分は殉じるのだ。それは何と幸福なことだろう。青年はそれがとても誇らしい。愛する祖国の為に献身する。何があっても、その身を守るのだ。彼が生きれば、今の時代は暗くとも必ず、日が射す。この闇を払ってくれる。…決意を胸に秘め、青年は真っ直ぐにプロイセンを見つめる。その愚直なまでに素直な、殉教者のような眼差しにプロイセンは赤を細めた。

「…そうか。なら、もう止めねぇよ。一緒に来い」

青年の青に、別れて来たばかりの愛しき子の面影を見る。ずっと前、あの目はこの青年と同じように真っ直ぐに自分を見つめていた。



 出来ることならば、一緒にいたかった。
 そばにいて、守ってやりたかった。

 でも、それでは駄目だ。また、同じことを繰り返すことになる。

 あの子は俺を失って、独り立ちしなければならない。
 ああ、もっと早くそうするべきだった。それがあの子の為だったのに。
 そばにいたかった。求められるがまま愛してやりたかった。
 ずっとこの手で、守ってやりたかった。

 でもそんな時代はとうの昔に終わってしまったのだ。




 プロイセンは長い回廊を振り返る。赤を細め、笑おうとして歪んだ顔を見られまいと、コートの裾を翻す。




 回廊を二つの足音は遠ざかって行った。







作品名:無題if 赤と青 Rot und blau 作家名:冬故