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『掌に絆つないで』第三章

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Act.11 [蔵馬] 2019年10月1日更新


突然現れた仲間の言葉に、蔵馬は動揺せずにいられなかった。いや、本当に動揺したのは、幽助が目前に現れたという事実だ。
蔵馬は遠い。
壁越しに聞いた彼の言葉が蘇る。
妖狐蔵馬として生きていくと決断するつもりでいた。ところが、迷いながら南野秀一の姿に戻ってしまった自分。そして直後に現れた幽助。
蔵馬は自らの決断が大きな力で崩されようとするのを恐れた。目を合わせていけない野性の瞳に釘付けになり、喰われる運命を待つような錯覚。
幽助の目を見てはいられなかった。もう一度、彼に手を引いてもらうわけにはいかなかった。迷いが晴れない限り、きっとまた同じことを繰り返す。
――幻かもしれない。
幽助はそう言った。黒鵺は、蔵馬自身が作り上げた幻かもしれないと。
そして黒鵺と幽助が共通して口に出した言葉、『冥界』。魔界でも人間界でもない別の世界が、未知の力で何もかもを狂わせていく。それに気づきながらも、その波を払いのけることが出来ず、蔵馬はもがくことさえ忘れてしまっていた。
幽助と対峙しているのが辛くなり、逃げるように立ち去ったことで冥界の詳細を幽助から聞きだすことは出来なかった。彼がしきりに主張したのは、「このままではいけない」ということ。
けれど、今の蔵馬には黒鵺が必要だった。妖狐を選んだ理由を失ってしまえば、人間界からも幽助からも離れる覚悟は出来なかった。
以前までは秀一でいるときに突然妖狐に変化してしまう自分を恐れたが、今は違う。
秀一の姿を求める妖狐がいる。それは、どちらの自分も否定してしまうことのように思えた。
「蔵馬、こんなところにいたのか」
長いあいだ森の中を彷徨い歩いていた蔵馬。それを見つけ出した黒鵺が駆け寄った。
黒鵺の姿を目にして、蔵馬は揺れていた心が安らぐのを感じた。黒鵺と再会した直後と同じ安堵感。
やっぱり、オレは黒鵺を求めていたんだ。
その実感が彼を救った。
妖狐の自分を繋ぎとめる存在。それを探していた。そして黒鵺が現れた。
――蔵馬が作り出した幻かもしれねえ。
脳裏に幽助の言葉が何度も響く。
「どうした、蔵馬。変だぞ、お前」
いつの間にか黒鵺を凝視していた蔵馬を、彼は訝しげに眺めた。
「…いや……なんでもない」
「それより蔵馬。今がチャンスだぜ」
「……チャンス?」
「冥界に入れる場所を見つけた。そこは完全に結界が解かれている。行こうぜ、蔵馬」
言うが早いか、黒鵺は先に立って走り出す。蔵馬は言われるがままに、彼を追いかけた。


人間界と魔界を繋ぐ亜空間。
ただ通り過ぎるだけの場所に、空間を切り裂いたような穴があった。
外から覗いても、中の様子は窺えない。見えるのは暗い闇の空間だけだった。
蔵馬より先にその入り口へ辿りついた黒鵺は、一度振り向いて蔵馬がやってくるのを確認すると、なんの躊躇いもなくスルリとそれを潜り抜けた。
異空間に踏み込んだ黒鵺は、一瞬ぐにゃりとその姿を歪めた。
「ほら、蔵馬。来いよ」
次元を超えた黒鵺が呼ぶ。
彼の姿は、湖水に映ったもののようにぼやけ、ときどき揺らいでいた。
入り口付近で足を止めた蔵馬は、揺れる黒鵺の姿を目で追いながら立ち尽くした。
冥界の入り口を目前にして、踏み出すことに躊躇する。
「黒鵺、お前に訊きたいことがある」
自分と同じように次元を超えようとしない蔵馬に、黒鵺は首をかしげてみせた。
「どうした?」
「お前はなぜ、冥界に目をつけた…?」
「オレたち二人が手に入れる新世界だ。興味があって当然だろう?」
なぜ冥界でなければならなかったのか。
蔵馬は原点に立ち返り、黒鵺に問いかけた。
「身体が…呼ぶんじゃないか? 冥界の力を感じて……」
「……何の話だ?」
次元を隔てているため、僅かな距離だが、黒鵺の声はいくつもの壁を隔てて漸く届いたかのように遠い。
幻。
今こそ、黒鵺は目前で消えようとする蜃気楼のように見えていた。
「お前は……、オレが作り出した幻なのか?」
「幻? 蔵馬、オレがちゃんと見えるだろう?」
彼は眉間に皺を寄せて蔵馬を眺めた後、さも楽しげに笑った。
「なぜ幻だなんて思う。お前はオレに触れられるはずだ。ほら」
黒鵺の白い手が差し出された。
「来いよ、蔵馬。幻じゃないって証明してやるよ」
亜空間の狭間で、暗い冥界から差し伸べられた手。
ゆらゆらと揺れながら、自分を誘う彼の手を、蔵馬は見つめていた。
そのうちに、彼の決断よりも早く身体が動き出し、差し伸べられた手に自らの手が重なろうとする。

そのときの蔵馬は気づくことが出来なかった。重なる手を待ちわびる漆黒の瞳が、怪しい光を宿していたことに。