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末期の庭

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 あの馬鹿みたいにでかい船は、頑丈ではあったがでかい分攻撃もしやすかった。その攻撃を邪魔する手段を豊臣は得たのだ。海上戦において、今までは優位だった機動力がくつがえりかねない。
 顎に手を当て少しばかり考えた風の元就は、その手をひらりと泳がせて四国と紀伊に挟まれた、水道の入り口をしめす。
「長曾我部軍にとって、九鬼水軍は脅威なのか?」
「いや。やりあえば、俺らが勝つな」
「我の水軍も同じことよ。……豊臣の兵力が増えたのはいかんともしがたいが、負けるつもりはない」
 ゆえに幾ばくかの兵力を割く必要はあるが、海上の覇権を渡すつもりはない。そうであろう、と同意を求められれば、もちろん頷くだけだ。だが。
「……海上戦に知恵をつけてそうだな。あの軍師様はよ」
 つい口をつくのは、どうも晴れない胸の内のせいか。よほど、豊臣に水軍がついたのが気になるのか。
「鬼よ」
 そんな元親の内心を見破ってか、元就はトン、と備前のあたりを指で突く。
「戦は、海の上だけではない。海賊はよほど、海の戦しか考えられぬようだな」
 豊臣の大軍は、もちろん東の押さえとしてそれなりの兵力は留め置かれるだろうが、そのほとんどが毛利との国境、備前あたりに進軍するだろう。戦場は、元就が指し示すように備前から備中にかけてに違いない。そうなれば前線を支えるのは、毛利の末息子が当主である小早川軍。元就の頭が、そちらに傾いているのは道理だろう。
 こちらが何も言わないのをいいことに、まるで自分の策を確認するように元就は諳んじる。
「長曾我部軍には、紀伊水道から進軍してくる九鬼水軍を止めて貰いたい。同時に、堺の港も封鎖できよう」
「兵力を分散させろってか?」
「重騎を用いれば、火力で押し返せよう。戦が終わったばかりだ、九鬼軍も無傷ではあるまい」
 指先が、四国と紀伊の間をすいと線引く。迎撃は、紀伊寄りの水道の入り口。たしかに、長曾我部軍には副将を任せるに足りる息子・信親がいる。二手に分けるには悪くはないのだが……。
「毛利の水軍はどうすんだ」
「播磨灘を封鎖し、海上より砲撃させる」
 浮いた軍があるならば手伝えと言いたいところだが、中国側の防衛に使うという。実際、今までの戦も、そしてこれからの戦も、実質は豊臣対毛利であり、長曾我部は手伝い戦だ。無論、中国が落ちれば四国の防衛もままならなくなる。盾として、毛利には健在でいてもらわなくてはならない。
「水軍までそっちに使うんだ。陸の戦の勝ち目はあるんだろうな?」
「……重騎をいくつか寄越してもらいたい。織田の火力がどれほど豊臣に渡ったかが、掴みきれてはおらぬが…」
 ちらりと向けられる視線に、こちらも首を振る。さすがに豊臣も警戒が強くて、こと鉄砲やらの話は徹底的に隠している。
「家康に、なにか知ってるかって文は出してんだけどよ。あいつはいい忍を抱えてるだろ?」
「多少はこちらの情報も出してやらねばなるまいな。必死さで言えば、我らも徳川も、あまり変わりあるまい」
 能面のままで、元就は呟く。たしかに今、豊臣の脅威にさらされているのは、隣国の国主たちだが。
「あんたは余裕があるように見えるぜ?」
 笑って指摘すれば、また鼻が鳴らされる。
「我を誰と思っておる。我は毛利元就――毛利の、主だ」
 元親の手よりもふたまわりは小さい白い手が、ぎゅっと握られる。その掌は、中国を握った男の自負か。
 どのみち、豊臣が進軍してくるのならば、迎え撃つだけ。喰うか喰われるか、それだけのこと。乾いた唇を一舐めすると、同じ思いか、薄い唇がにぃと弧を描く。
「負けはせぬ」
 そう、負け戦など冗談ではない。手段も方法も、意思のひと欠片まで異なる存在でありながら、たったひとつの共通点がある。そのために手を組んだ互いの存在を確かめるように、男は口を開いた。

作品名:末期の庭 作家名:架白ぐら