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初恋をつらぬくということ

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屋敷内を進む。
頭には養父の姿が浮かんでいた。
左兵衛が朝から病で床に伏しているのだ。
本人はたいしたことはないと言っていたものの、かなり具合が悪そうな様子だった。
だから、いつもなら塾の帰りにそのまま松陽の塾に行くのだが、今日はそうせず、こうして家に帰った。
塾のことを思う。
そして、銀時のことを思った。
おとついの夜、ふたりで蛍を見た。
そのとき、銀時に呼びかけられた。
だから、なんだと問うたが、銀時はなにも答えなかった。
ただ、じっとこちらを見ていた。
その眼差しが、あのあと帰ってからも頭に残っていた。
何度も、ふいに、まぶたの上によみがえった。
思い出すと、落ち着かない気分になった。
今もそうだ。
胸の中に焦れるような想いがある。
どうしてだろうか。
しばらくして、襖のまえで正座する。
「ただいま、もどりました」
襖の向こうへと挨拶をした。
それから、襖を開ける。
部屋の中に入った。
左兵衛が布団に身を横たえている。
しかし、桂が部屋に入ってきたのを見て、その身体を布団から起こそうとする。
桂はすっと左兵衛のほうに寄った。
「どうか横になっていてください」
うるさくならないよう、できるだけ静かな声で、言った。
左兵衛は肘をついて浮かしていた背中を、布団に落ち着ける。
桂は、ほっとした。
そして、たずねる。
「おかげんはいかがでしょうか」
「大丈夫だ。これぐらい、たいしたことはない」
そう左兵衛は答え、眼を閉じた。
だが、その顔色は悪い。
たいしたことがないようには、桂には見えない。
左兵衛は高齢だ。
その妻である桂の養母はすでに他界していた。
心配だ。
桂は左兵衛の顔を眺める。
部屋の中にいるどちらも無言なので、外の雨音がよく聞こえる。その雨音が耳を打つ。
「……それでは」
やがて、桂が沈黙を破った。
「どうか安静になさっていてください」
部屋を去ることにした。
そのほうがいいだろうと思った。
「ああ」
眼を閉じたまま左兵衛が返事をした。
桂は立ちあがる。
そして、襖のほうへと歩く。
ふと。
「小太郎」
名を呼ばれた。
だから、桂は足を止めた。
その背中に。
「吉田松陽の塾へ行くのか」
そう問う左兵衛の声が飛んできた。
桂は、一瞬、顔を強張らせる。
しかし、すぐにその強張りをとき、左兵衛のほうをふり返った。
左兵衛の眼が向けられてる。
穏やかに見返して、告げる。
「いいえ、今日は、行きません」
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio