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初恋をつらぬくということ

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「そういやさァ」
英太がすっかり立ち直った様子で言う。
「最近、桂、ぜんぜん来なくなったよな」
「……ああ」
そこにいない桂の姿が眼のまえに見えた気がした。
実際にいるのは英太だ。
「身内が病気なんだろ。高杉のヤツが言ってた」
高杉家の家格は桂家と同じ大組で、そして、その屋敷は桂家のある通りの隣の通りにあり、つまり家も身分も近いので自然と情報が入ってくるらしい。
「ああ、それは俺も聞いた」
英太はあっさりと返事した。
それなら、なぜ、こんな話を始めたのか。
銀時は不思議に思う。
同時に、なんとなく嫌な予感がした。
この話を続ければ、触れたくないことに触れられるかもしれない。
そんな不安が胸に湧いた。
「その高杉も、最近、あまり来なくなったよな。来ても夜中だし」
英太は話を続ける。
「親に塾通いを止められてんだろ。だから、夜になって、こっそり家を抜け出してしか、来られねェんだ」
それについては、銀時も英太と同じように推測していた。
藩内は今の幕府の首脳を支持する開国派と、続々と江戸へ降りたって幕府の中枢に入りこもうとする天人に危機感をつのらせる攘夷派にわかれている。
そして、高杉家は開国派の者たちとつながりが強い。
高杉は一人息子で、両親は嫡男に甘いらしいが、だからこそ過度なほど心配をしているらしい。
我の強い高杉にしても、両親の思いやりを無下にはできないようだ。
「桂が来なくなったのは、実は、止められてるからかもな」
「まさか」
「だが、藩校のほうにはちゃんと通ってるらしーじゃねーか」
「藩校と塾とじゃ、違うからだろ」
銀時はぶっきらぼうに言った。
なぜか不機嫌になっていた。
なぜか英太の言ったことを否定せずにいられなかった。
「たしかに、藩校と塾とじゃ違うよな」
英太は認める。
「俺は藩校に通いたくても通えねーし」
その顔から、さっきの悪ガキのような雰囲気は消え去っている。
「俺の家は、びしょ、だからな」
淡々とした口調で告げ、軽く鼻で笑った。
英太は足軽の家の者だ。
足軽は武士階級の最下層に属し、士分とは認められていない。
名字を名乗ることは基本的にゆるされておらず、吉田はあくまでも自称である。
びしょ、は足軽の蔑称だ。
雨の日に身分の高い武士に会ったとき、その武士が通りすぎるまで、笠や雨合羽を脱ぎ、ひざまづいて平伏していなければならない。
びしょ濡れになる。
だから、びしょ、だ。
もっとも、この藩では身分に対する考え方がわりあいゆるやかで、そこまで厳しいことを強要しない。
「塾にいたら、身分のことなんざ、あまり考えずにいられるけどさ」
特に、松陽の塾では、身分というものが取り払われている。
「桂とは身分違いだぜ、銀時」
何気ない様子で、英太はさらりと言った。
しかし、その言葉は銀時の胸に重く響いた。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio