初恋をつらぬくということ
男の返事はない。
動いている様子もない。
蝉の鳴く声があたりに響き渡っている。
陽ざしは相変わらず厳しく、特に背中のあたりで汗がわいて流れ落ちるのを感じる。
しばらくして。
足音が聞こえてきた。
ひとりぶんだ。
それは、銀時のいるほうに近づいてくる。
どうするか迷い、銀時は隠れず、そのまま立っていることにした。
割拝殿から、ひとが出てきた。
久坂ではない。
険しい表情をしている。
その顔が、銀時のほうを向いた。
ハッと眼を見張る。
だが、すぐにその眼はそらされた。
肩を怒らせ、やりきれない想いをぶつけるような乱暴な足取りで、去っていく。
松陽の塾の塾生だ。
歳は自分や久坂と同じぐらいだろう。
顔に見覚えはあるが、人柄などはあまりよく知らない。
入門してきたのは、わりあい最近のことだった。
この御時世にめずらしく。
もしかすると、久坂に惹かれて、やってきたのかもしれない。
銀時がそう思ったとき。
その久坂があらわれた。
久坂は気づいた。
「銀時」
声をかけてきた。
しかし、いつもならにっこりと花が咲くように笑うのに、今はそうしなかった。
「さっきの、聞いてた?」
隣にきた久坂が問う。
肩を並べて歩きだす。
「ああ」
銀時は立ち聞きしていたことを認めた。
「そう」
軽く相づちを打ち、久坂はその整った顔にかすかな笑みを浮かべる。
苦笑、に銀時は見えた。
「僕は君や桂やエータみたいに、武芸に秀でていない。でも、自分の身は護りたい」
久坂はいつもの美声で、ゆっくりと穏やかに話す。
「そのための武器がいる。人脈は僕の武器のひとつだ」
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio