初恋をつらぬくということ
いつもの久坂の印象とは遠く離れたような言葉である。
その顔にはもう苦笑さえ浮かんでいなくて、眼差しは鋭い。
顔立ちが作りもののように綺麗で、白い肌に汗が浮いていても陶器に落ちたしずくのようでしかなく、それだけに、たとえ同じ表情であっても他の者よりいっそう厳しい印象になる。
だが、銀時は自分の心に妙な落ち着きを感じた。
「オメーさァ」
その感想をそのまま口に出す。
「今の顔が素なんだろ。いつもの笑顔は仮面みてェなもんでさァ」
久坂といると、たまに、なんだか得体の知れないものと一緒にいるような、心にしっくりこないような感覚を味わうことがあった。
それはおそらく、久坂が外に見せているのが虚構だからだろう。
人脈を武器のひとつだと考えているのなら、意図的に人脈を広げているということで、笑顔もその人脈を広げるための手段なのだろう。
「僕だって、自然に笑うことはあるよ」
久坂はのんびりとした口調で答えた。
ふ、とその端正な顔にやわらかい笑みが浮ぶ。
まるで大輪の花のつぼみがその花びらを開いたような印象だ。
これは、素か、それとも虚構か。
自然に笑ったように見えた。
だから、素。
いや。
違う。
「もう仮面をかぶりやがったか」
軽く冗談のように言った。
久坂はなにも答えず、また、穏やかに笑う。
もう素の顔を見せる気はないようだ。
ふたりとも黙ったまま、神社の石段をおりていく。
蝉がさかんに鳴いていて、その声が雨のようにあたりに降りそそいでいる。
太陽の放つ光は強烈で、そちらのほうを見ると眼が痛むほどだ。
肌が焼かれ、汗が噴きだす。
銀時は腕を顔の下のほうへやった。
その肩のあたりのきものの袖で、汗を無造作に拭き取る。
ふと。
僕は君の気持ちには応えられない。
そう久坂が割拝殿で言った声が胸によみがえってきた。
ほぼ同じことを自分も言われた。
桂から。
「……なァ、久坂」
石段をすべておりきるまであと少しのところで、銀時は隣を歩いている久坂に話しかける。
「男から、あーゆー想いを打ち明けられるのって、やっぱり嫌なもんなのか」
こんなことを聞くのは変かもしれない。
だが、口が動くのを自分で止められなかった。
「それは、ひとそれぞれなんじゃない」
久坂が足を止めずに、穏やかな声で答える。
「絶対に嫌だってひともいれば、嬉しいと思うひともいるんじゃないかな」
はぐらかされたような気がした。
すると。
「君にはさっきのことを聞かれたから、正直に言うけど、僕は応えられないし、その想いを告げられたら厄介だと思う」
こちらの気持ちを見透かしたように、久坂が言う。
「でも」
その声音が少し低くなる。
「この先も絶対そうだとは限らないけどね」
そう続けた。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio