初恋をつらぬくということ
「……さっき、君は割拝殿の外にいたけど」
いきなり久坂が話を変えた。
「君に立ち聞きの趣味があるとは思えない。それに、君は立ち聞きしていたことを隠そうとはしなかった」
久坂は穏やかに話す。
だが、その意図が銀時にはまだ見えない。
「ただの告白なら、君はすぐに去っていったんじゃない? でも、状況が悪かったから」
いったん言葉を切ったあと、その口角が少しあがる。
思い出したのは久坂にとっては不快なことであったはずなのに、微笑んだ。
綺麗な笑みだ。
「君が他の塾生を護るために喧嘩したことがあるのを、僕は知っている。さっきも、僕が無理矢理やられそうになったら、割拝殿に入ってくるつもりだったんじゃないの? 僕を助けないといけなくなると思ったから、去らなかったんだよね?」
問われて、そのとおりだと思う。
まえに向けられていた久坂の顔がこちらに向けられる。
その眼がこちらを見る。
「ありがとう」
美声が告げた。
華やかな笑顔。
光がそこに集められているようだ。
心臓が、一度、大きく鳴った。
笑顔は久坂にとっては武器のひとつで、そのほとんどは意識して他人に見せているものなのだろう。
しかし、今のは、話の流れからしても、自然の、心からのものだろうと感じる。
久坂に対してまったくその気のない自分であっても、その顔に眼がつい行くことがあるし、今のようにドキリとさせられてしまう。
「……礼を言われる覚えはねーよ。俺ァ、なんにもしてねェ」
コイツはタチが悪い。
そう思いながら、銀時は淡々とした口調で言った。
久坂の眼がふたたび道の先のほうへと向けられる。
「銀時らしいよね。侠気があるっていうのか」
「ねーよ、そんなもん。俺ァ、いつもダラダラしていたいんだ。まァ、気に入らねェヤツがいたら、殴るかもしれねーけどな」
「でも、僕にとっては桂も大切な友人だ」
話がもとにもどった。
「だから、君に恩義があっても、無責任なことは勧められない」
久坂の顔から表情が消えている。
まるで人形のようだ。
「男同士が惚れあって、という話をいくつか聞いたことがある。そういった話のほとんどは駆け落ちしましたで終わり」
だけど重要なのは駆け落ちしたあとなのにね、と久坂は続けた。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio