初恋をつらぬくということ
「どうしてでしょうか」
桂は左兵衛に問う。
幼いころから松陽の塾に通っている。
だから、今さらだ。
けれども、左兵衛が止める理由に心あたりがある。それについては、あまり触れたくはないが。
左兵衛は眼を細めた。
「知っているだろう。おまえたちは乱民と呼ばれているのだぞ」
やはりそれか。
そう桂は思った。
不快な気分になり、口を引き結ぶ。
「今の幕府は開国派の大老が動かしている。大老は攘夷思想を持つ者を危険な存在だと見なしておられる。だが、吉田松陽はこの御時世に攘夷思想を唱えている。それは我が藩をも危うくしかねない。世を乱す者として、おまえたちが乱民と呼ばれてもしかたがない」
結局は権力争いではないか。
桂の胸の中に反発心が湧きあがる。
今の大老が就任するまえは、幕府の上のほうで開国派の勢力と攘夷派の勢力が互角の戦いを繰り広げていた。
もちろん彼らはその思想を正義だと信じていたのだろうが、思想の正しさを争うためだけでなく、将軍の跡継ぎ問題が関係していた。
それぞれの勢力が異なる跡継ぎ候補を推していたのだ。
拮抗が崩れたのは、中立派の老中が病のため急逝してからである。
開国派の中心人物が大老に就任し、そして、攘夷派の勢力への報復が始まった。
また巻き返されたら今度は自分が危うい、そんな恐れがあるのかもしれない。
大老の攘夷派への弾圧は幕府の上のほうだけではなく、この国全体に及ぼうとしている。
しかし。
「松陽先生の仰っていることは、この国にとって重要なことです」
桂は左兵衛をひたと見据え、訴える。
「先生は鎖国を続けるべきだとは仰っていません。むしろ、天人の持つ進んだ技術は積極的に取り入れるべきだとお考えです。ですが、天人はこの国を支配しようとしています。それを先生は憂慮されて、だからこそ、いったん、天人をこの国から追い出したほうがいいと仰っているのです」
松陽の唱える攘夷思想は、鎖国時代を懐かしみ、そのころにもどれというものではない。
ただひたすらにこの国のことを考えたものだ。
「それでは、あの者はどうなる」
左兵衛が問うてきた。
なんのことかわからなくて、桂は戸惑う。
すると。
「あの、銀色の髪の者だ」
そう左兵衛は続けた。
銀時のことだ。
それがわかって、心臓が一度大きく強く打った。
「あの者は天人だろう」
「いいえ……!」
桂は声を荒げ、否定する。
胸が熱い。
血潮が激しく波打っているように感じる。
「違います。銀時はこの国の者です」
その勢いのままに、断言した。
くやしいと思う。
なぜか、くやしいと思った。
天人であればすべて悪だとは思わない。
そんなことは松陽も言っていない。それどころか、双方が対等であれば、友好関係を築くことを望んでいる。
それは桂も同じだ。
だから、そういうことではない。
そういうことではなくて、銀時の見た目だけで、外へ弾くようなことを言われるのが嫌なのだ。
見た目がどうあれ、銀時は間違いなくこの国の者なのに。
苛立ちとくやしさを強く感じた。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio