初恋をつらぬくということ
討論が終わった。
さあ、どうするか。
そんなふうに、なにかを探すように、皆、黙っている。
「……俺は、今日は、ここまでで」
桂が穏やかな声で告げた。
「失礼いたします」
頭をさげた。
松陽は桂に向かってうなずいて見せた。
その顔にはいつもの優しい笑みが浮かんでいる。
桂は静かに立ちあがる。
他の塾生たちから離れ、さらに、部屋から出ていく。
「それでは、次に……」
松陽の声がした。
講義を再開するらしい。
銀時は立ちあがった。
他の者たちは松陽の話を聞いている。
松陽の声を聞きながら、銀時は部屋を出た。
玄関のほうへ行き、家からも出る。
庭は薄衣のような闇に包まれている。
植樹が趣味の松陽の植えた木々は、昼間の輝きを失いつつも、安息の夜の中で濃い緑の葉を広げている。
少し先に、桂がいた。
だれかがうしろに来たのを感じ取ったらしく、足を止めた。
こちらをふり返る。
「銀時」
銀時はそのまま進み、桂の横まで行く。
「息抜きだ」
表情を変えず、ぼそっと告げた。
すると。
「おまえは、息抜きをしなければならんほど、真面目に、勉強をしていないだろうが」
桂は銀時の態度を責めるようなことを口にする。
しかし、言い終わったあと、その堅い表情がふっとゆるんだ。
おかしそうに、口元に笑みを浮かべている。
やわらかな表情。
いつもは生真面目な顔をしているのが、時折、こんな表情を見せる。
初めて見たわけではない。
けれども、あまりないことだ。
眼を惹きつけられる。
見とれている。
そんな自分に気づき、銀時は即座に眼をそらした。
胸の中を軽くひっかかれたような、もどかしいような気分に、なぜか、なった。
ふたたび歩き始める。
桂も歩きだした。
ふたり、肩を並べて歩く。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio