初恋をつらぬくということ
門を通りすぎた。
道ばたには草が生い茂っている。
虫や蛙が競い合うように鳴き、その声は高く伸びて、夜気に響き渡る。
何気なく見あげた先の空に、月はない。
暗くても、空が雲におおわれているのがわかる。
明日は雨が降るのかもしれない。
「あ」
桂が声をあげた。
その歩く足が止まる。
「蛍だ」
つられて、銀時も立ち止まった。
「蛍なんざ、別に、めずらしくもねェだろ」
思ったことをそのまま口にする。
「たしかにな」
桂は認めた。
しかし。
「だが、綺麗だ」
穏やかな表情で告げた。
そして、歩きだす。
今いる道を真っ直ぐに行くのではなく、田圃のあぜ道のほうへ行った。
どうするか。
などとは考えずに、銀時は桂のあとを追う。
息抜きなんて、ただの言い訳だ。
目的地はないし、自分ひとりになりたかったわけでもない。
あぜ道を歩く。
草を踏みわけ進んでいると、その青いにおいが足下のほうからたちのぼってきて、鼻孔をくすぐった。
やがて、桂は立ち止まった。
うしろにいる銀時も足を止める。
桂は身体の向きを変え、尻がつかない程度に腰をおろした。
その眼は水田のほうに向けられている。
水田の上を、蛍が光を放ちながら飛んでいる。
さらに、水田近くの草むらには、蛍がたくさんいて、あちらこちらに小さな光がともっている。
たしかに綺麗だ。
銀時は立ったまま眺め、しばらくして、腰をおろした。
ふたり、同じような体勢で、あぜ道に並んで、眺める。
虫や蛙は相変わらず鳴いている。
風が少し吹いていて、草の葉を揺らす。
ふと、水田のほうから蛍がこちらのほうへと飛んできた。
眼前に光が走ってくる。
「あっ」
いつのまにか声を発していた。
それは桂も同じで、ふたりの声が重なる。
飛んできた蛍は、桂の頭上を通りすぎていった。
なんとなく、お互い、相手の顔を見る。
お互い、少し笑った。
そして、また水田のほうに眼をやる。
蛍を眺めながら、隣に桂がいることを強く感じる。
すぐそばにいる。
触れてはいない。
けれども、近くて、だから、その体温を感じる。
作品名:初恋をつらぬくということ 作家名:hujio