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心の重みを天秤にかける

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ふわりと笑った兄に、弟もまた、ゆるりと、微笑した。


予定日、帝人は完全防備で平和島宅へと足を運び、2人を迎えに来た。
『あけましておめでとうございます。』、と、新年に相応しき晴れやかな笑顔で出迎えられた兄弟は、緩んだ気持ちの立て直しもせず遠慮無しに帝人の頭を撫で回してしまい、頬を膨らませて可愛らしく拗ねてしまった少年の機嫌取りを新年早々なさねばならなくなった。





 参列を待つ人々の列はピーク時に比べれば減少していたが、やはりまだまだ衰える事は無く、寒空の下、彼等3人は随分待たされた。
霊長類人科の群衆に、早々に苛立ち始めた静雄に焦り、幽と帝人は甘酒や予め買っておいたたいやきを静雄に渡すなどして、どうにか待ち時間を凌ぐ。
ざわめきの中で、ポツリ、粒の1つとして存在する自分達だけれど、昨年の今頃は、こんな光景なんて想像も出来なかったんだろうな、と。
手話で会話する帝人と静雄を見て、幽はぼんやりと思った。

 静雄は、人と群れる事を恐れる一方で、また、独りにされる事に、この上ない怖れを感じていた。
一見矛盾しているように思えるが、この思考は、ある一定の方向から眺めれば、筋が通った話となる。
つまり静雄は、孤独と言うものに酷く臆病になってはいても、自身のハンデによる他者との圧倒的な違い、相互理解の困難さ、そして人並み外れた力の強さによって、人が自分から離れて行く事に、耐えられなかったのである。
そうして心を閉ざした静雄の檻に近付く事を許されたのは家族であり、付かず離れずを保つ新羅や相談相手のセルティであり、それ以外を一切必要としなかった。する事を諦めていた。
幽は、どうにかして兄に、もう1度、笑って欲しかった。諦めたように、絶望に彩られた笑いではなく、思わず浮かべてしまうような、解き放たれた微笑みを。
弟として、家族として、静雄は自分を拒みはしなかったけれど、家族の自分では駄目なのだと、分かっていた。
他人でありながら、静雄を心から受け入れ、尻込みしている兄を、箱庭から引き出してくれる人物を。
だから、あの瞬間、静雄と帝人が同じ時同じ場所に居た事を、らしくもなく、幽は神に感謝したものだ。
自分を照らしてくれた帝人が、今度はその手で以て、兄を救ってくれた事を。
箱庭は、まだ無くならない。しかし、無くならなくても構わない。
また戻ってしまったとしても、何度でも、外へと誘ってくれる優しい眼差しがあるから。
幽は、2人の目に見えない繋がりを、確かに信じていた。





 冬晴れの、肌を刺す空気が頬を赤く彩る、午後。
 穏やかな風景は、悪戯に場を掻き回す運命の手によって、無残に引き裂かれる。
 耳を覆いたくなるような轟音を立てて、必然は舞い降り、ニマリと、笑んだ。





 初めにその物音に気付いたのは、帝人だった。

 漸く参拝の順番が回り、各々、胸に秘める願いを心の内で唱え、その足で神籤を引き、結果に苦笑を洩らしながら、木に結び付けた。
静雄は中吉、幽は小吉、帝人は早々に運悪く、凶を出してしまう。
『失せもの注意』と書かれた静雄の神籤と、『身の回りに注意せよ』と書かれた帝人の神籤。
新年最初から縁起でも無い、と呆れた幽に、「寧ろこれを噛み締めて注意して1年過ごせば良いんだよ」、と、笑った帝人の言葉は確かに正しかった。
ただし、時期を見誤っていた事は、誤算だったと言えるだろう。

 後方からざわめきが聞こえた。周囲の様子に我関せず、な平和島兄弟とは対照的に、小心者且つ世間の目を気にしがちな帝人は、そうした些細な変化を気に留める傾向にある。
揺れた空気は、何所か引き攣っていた。どうにも嫌な予感がして、振り返る。
そこで見たものは、此方に向かって来ている、横転したバイクだった。
幸い運転手は途中で投げ出されたのか、ヘルメットを脇に抱え黒いレザージャケットを身に付けた男性が此方を見て座り込んでいた。
彼の無事を幸いに思いながらも、帝人は、この先の展開を予想して瞬時に青褪める。
軌道は、真っ直ぐに静雄に向かって来ていた。
直ぐに注意を促そうと名を呼ぼうとして、彼にはこのスリップ音も、自分の声すらも、聞える事など無いんだと気付いてしまった。
幽も漸く後方の様子に気付き慌てて静雄を退けようとするが、若干間に合わない。
そうなれば、帝人の取る行動など、1つしかなかった。



 ドンッ、と走った衝撃に、誰もが目を瞑った。



 1人だけ、状況の呑みこめない静雄だけが、突き飛ばされた事によりバランスを崩して地面に尻もちをつく。

「っ、てぇ・・・んだぁ?」

 突然の出来事に目を白黒させ、周囲を見る。
目の前には、何か大きなものを引き摺った跡らしきものがくっきりと残っており、摩擦によってか、煙まで上がっていた。
良く見れば、その痕跡はタイヤだ。そこで、静雄は人垣が息を呑んで見据えている左斜め前方へと視線を動かした。
先ず目に入ったのは、駆けて行く弟の背。どうやらバイクだったらしい物体が横転し、所々損傷しながらも動きを止めていた。
その、更に向こう、横たわっていたモノに、静雄の血の気が一気に引いていく。
そこに在ったソレは―――――・・・・・



「っ、み、帝人!!!!!」



 グッタリと、ピクリとも動かない、肢体を地面に付けた帝人の姿だった。

 ガバリと起き上がり、縺れそうになる足を誤魔化し、静雄は急いで帝人の下へと向かった。
野次馬の、青褪めた表情が目に止まる。距離にしてたった数メートルが、とてつもなく長く感じた。
辿り着いた先に在った光景は、静雄の心を奈落の底へと引き連れて行く。

「っ、ぁ、あっ、あぁ・・・・・・」

 額から血を流し、身体中を土埃で汚した華奢な帝人は、まるで完成された死体のようだった。
幽が必死に呼び掛けているが、意識が無いらしく、声を発する事も、瞳を開く事すら無い。
抱き寄せて揺さぶろうとした行為を、頭を打っていたら困ると言う必死の幽の抗議でどうにか抑えた静雄は、しかしやり場の無い後悔と怒りと悲しみに、全てが黒く染まって行く。
やがて誰かが呼んだのだろう救急車に乗せられた帝人に付き添って病院に行く間も、静雄は何も言えず、唇を噛み締め、ただ祈る事しか、出来なかった。





*****





 昏い水底に、沈んでいた気がした。
ただそこは酷く居心地良く、何も感じなくても良い所であったから、このままで良いのかもしれないとすら思った程だ。
思ったにも関わらずもがいて鈍色広がる湖面へと手を伸ばしたのは、頭に心に直接響く、誰かが呼ぶ泣き声が聞えたからだった。



 震える瞼が、恐る恐ると言った体でゆるゆると開かれる。
薄ぼんやりと映る視界が見たものは白く広がる空だった。
否、それは錯覚であり、実際はただの天井である。染み1つ無い天は不浄の無い変わりにとても寒々しかった。
ついで脳が動き始めれば、視覚のみならず嗅覚と触覚が働き始める。
スン、と鳴った鼻に、独特の匂いが掠めた。あまり馴染みは無いが、これは保健室に似た、消毒薬の臭いだ。
と、言う事は病室だろうか、記憶がはっきりしない少年は自己の現状を正しく把握出来ない。
作品名:心の重みを天秤にかける 作家名:Kake-rA