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心の重みを天秤にかける

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漸く、右手に感じる熱と感触に意識を向けるに至った。
目を遣ると、窓から入る光を弾いて瞬く金糸が見える。
見覚えのあるソレに、少年、帝人は、最後の記憶と今をどうにか結び付けた。
(あぁ、そうか。僕、あの後きっと救急車に運ばれたんだな。)
意識を飛ばすなんて恥ずかしいなぁ、と思いつつ、今度はピクリとも身動ぎしない青年、静雄の安否が気に掛かる。
ひょっとして彼も何所か具合が悪いのだろうか。ナースコールで看護師さん呼んだ方が良いかな、と。
思い、帝人は念の為、「静雄さん・・・」、と声を掛けてみる。
だが、当然の事ながら耳の聞こえない静雄がその呼び掛けに応えない、筈だった。

「っ、みか・・・、帝人!!?」

ガバリッ、と唐突に頭を上げた静雄は、双眸を瞬かせる帝人を見るなりクシャリと顔を崩した。
怪我人の帝人よりも余程病人らしい顔色の静雄は、今にも逝きそうだった顔を泣きそうな顔に変え、起き抜けで力の入らない帝人の右手を更に握り締めた。
その力は眉を顰める程だったが、逆に意識が戻った事の証なのだと、帝人もその痛みにホッと安堵の息を吐いた。



 聞くに、帝人はあの事故があってから1週間、眠りっぱなしであったらしい。
バイクとの接触による左腕骨折、また転倒時に後頭部を強打した。医師はその影響ではないかと見ているようだ。

「はぁ・・・って事は、もうとっくに新学期始ってますよね。」

はぁ、と溜息を吐く帝人はあまり事故の事を重く考えていなかった。
起こってしまったものは仕方無いし、帝人としては静雄に万一が無くて本当に良かったと、心から思っている。
だが、そう思う帝人を見透かした様に、静雄の顔は一向に晴れなかった。

「静雄さん?」

出来れば手話を使いたいのだが、左手がギプスで固定されてしまっている今、右手のみでは中々スムーズな会話は出来ない。
その上、今帝人の右手は静雄の手の中だ。結局帝人が何か意思を示したいとなれば、口頭しか術がない。
目を眇め、口元を引き結び、真っ直ぐに帝人の双眸を見据える静雄の瞳は、静かな怒りで燃えていた。
やがて、ゆっくりと唇を開いた静雄が発した言葉に、帝人は目を見開いた。

「どうして、俺なんか庇ったんだ。」

えっ、と間抜けな言葉を漏らした帝人の声を遮る様に、更に言葉は続く。

「俺は、身体だけは丈夫だから、あんなもんに当たった位でどうにかなる様な事は無ぇ。
お前が俺を庇って怪我なんざする必要は無かったんだ。お前のその怪我は本来しなくても良かったのに。」

どうにもならない気持ちを溜めこんで、静雄の身体が小さく震え出す。
何か言おうとして、帝人は言うべき時では無いと、口を閉ざした。

「俺なんかを助ける為にどうしてお前が怪我なんか負ったんだ!!
俺が耳が聞こえないから、だからなのか!?同情なのか!?だったら、そんなもんいらねぇ!!!」

ここが病院であり、帝人が怪我人である事を、今の静雄はすっかり頭から消し去っていた。
静雄とて懸命に声を、感情を抑えようとしているのだが、御しきれず零れ落ちて行くモノが勝手に口から滑り出た。
せめて力のコントロールが利かなくなる前にと、冷静な部分が帝人の手を包んでいた両手を退ける。
急に冷気に当てられた右手がとても寂しくて、帝人は心の一部が欠けてしまった様な錯覚に陥った。

「お前、俺が無事で良かった、とか思ってやがるだろ?何でそんな風に思えるんだよ!!
どうして俺の為にそこまでする!?俺なんかの為に!!!」

暴走し始める気持ちに、静雄は両手で頭を抱えた。
苦悩と、歓喜と、絶望が混じり合い、静雄の存在自体を揺るがし始める。
静雄の慟哭を聞きながら、次第にフツリフツリと、帝人の心に炎が灯って行った。
視界が薄らと曇る。その分しっかりと働く耳は、自己を追いこんで行く静雄の心の叫びを、全て捉えた。

「お前は俺なんかと関わるべきじゃなかったんだ!出会うべきじゃなかったんだよ!!
そうすればお前はこんな目に遭わずに済んだのに・・・そうだ!!!
俺なんかが、俺なんかが生きてなきゃ・・・!!! ・・・っ、てぇ・・・」

ボフリ、と渾身の力を込めて何かが静雄の頭に振り下ろされた。
衝撃に思わず静雄は頭を上げる。
視界に納まったのは、目一杯に涙を溜め、零さないようにと懸命に堪えて眉を吊り上げている、帝人の姿だった。



「甘ったれた事、言わないで下さい!!!」

病室に響いた帝人の声は、先程の静雄に負けず劣らず大きいものだった。
ここが何処で目の前に居るのが誰で、と言う事実が瑣末に思える程に、帝人の心は燃えていた。静雄の抱えた激情と酷似していながら、重ならない形のソレが、全身に駆け巡って行く感覚に、徐々に帝人の身体は熱を上げて行く。

「静雄さんは自分勝手です!!結局自分の事ばっかりじゃないですか!!!
そんな言い方、同情して下さい、って言ってる様なものですよ!そんなに人に可哀想だって思われたいですか!!」

感情の昂りに合わせ、帝人の瞳からついに、一筋の滴が流れ落ちた。

「どうしてそんな事言うんですか!僕が貴方の力になりたいと思うのはそんなに悪い事ですか!間違った事ですか!!」

決壊した涙腺が、止めどなく押し寄せる涙を余す事無く落として行く。
伝い落ちた透明な涙は、ベッドのシーツに沁み込んで行った。

「静雄さんが・・・貴方があまり自分の事をお好きで無い事は・・・何となく分かってました。それに、僕がどうこう言う事は出来ません。本当はご自身の事を好きになって貰いたい、って思ってますけど・・・。
でも!静雄さんの事を好きだと思う、僕の気持ちまで否定される筋合いは無いんですよ!!僕は、貴方に会えた事を、感謝はしても、後悔なんてした事なんて無いし、これからだってしません!!!」

ヒッ、と引き攣った喉が、上手く空気を取り込んでくれず、帝人は咳き込んだ。
背を支えようとした静雄の手を払い、再び静雄に視線を戻す。
青味掛かった黒は決然とした光を宿し、迷い弱る心を射抜いた。

「どうして分かってくれないんですか!?どんな貴方だって、繋がっていたいって思ってくれる人が、静雄さんの周りにはちゃんと居るじゃないですか!!
耳が聞こえない事はハンデでも、ソレ自体が他人を拒絶する理由にはならないし、僕が静雄さんの傍に居たいと思う理由の、妨げにはならないんです。」

お願いです、と、懇願する帝人の小さな身体が泣き崩れた。
全力の叫びは体力の落ちた少年の身体を酷く疲弊させ、グッタリと肩を落としている。
静雄には、残念ながら帝人の言葉は聞えなかった。
だが、帝人の泣き顔と、その想いは、しっかりと静雄の心に届いたのだった。

「―――・・・っ!!」

グッ、と1度、堪える様に手を握り締め、静雄は震える華奢な両肩を抱き寄せた。
まだ幼さの残る肢体の何所に、あれ程の激情と優しさと強さを秘めているのだろうか。
自身の目頭に熱が集まるのを感じながら、短くも手触りの良い、艶やかな黒糸に顔を埋める。

「・・・っ、め・・・、ごめ・・・、御免、な、帝人、御免・・・・・・」

うわ言のように謝罪を繰り返す静雄の背に、そっと帝人の右手が回される。
作品名:心の重みを天秤にかける 作家名:Kake-rA