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赤根ふくろう
赤根ふくろう
novelistID. 36606
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彼女の故郷(ふるさと)

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夜を待って外に出た。
心は決めたが、それを告げる前にやらなくてはならないことがある。
夜の闇は妖たちにとって過ごしやすい。身を隠すための妖力が、昼よりずっと少なくて済む。だから今夜のうちに行ってこなくては。故郷の山に。
見覚えのない風景ばかりで初めのうち、かなり足が止まった。世間は随分変わっていた。繋がれていた間もそれは感じていたが、見える風景の変わりようは目を疑うほどだ。人間は川に堰を作って水を貯め、山を削って道と成し、橋を架け隧道を穿ち、四角い家をたくさん建てたらしい。夜を照らす灯りも増え、妖たちの姿は随分少なくなった。
一体私が繋がれていたのはどれくらいだったのか。
走りながら不安になる。
行き着いてももうあの場所はないかもしれない。
それでも行かねば。故郷なのだから。
ひたひたと、ただ走った。
と。
「鈴風(すずかぜ)」
久しく呼ばれなかった名を耳にして足が止まった。
「誰だ」
「ああ、やはり鈴風。お前だったか。私だ。分からぬか。美殿井(みとのい)だ」
「おお……」
山でともに暮らした仲間のひとり、美殿井。山裾近くに湧く泉水の守りをしていたもの。
「お前がここにいるということは、山はもうないのか」
「いや。あることはある。山神様もいらっしゃる、が」
とにかく行こう、と歩きながら彼女が言うには、あの祈祷師は私だけではなく、四人いた山守すべてを捕らえて連れ去った。守りを失った山は荒れ、生き物は減り木々は枯れた。そうなると山肌は雨で崩れ、里には死人が出るようになった。何とかしようとした里人は山を大きく削り、見たことも無い液体を流し込んで固めた。
山は見るも無残な姿となり、ついに山神様は生き残った妖たちに、他で暮らせと諭すようになった……
「お前が守っていた水は?」
「涸れた。水脈を断ったものがいてね。祟ってやろうかとも思ったのだが山神様がやめておけと。人など短命で脆い生き物。慌てずとも待っていれば勝手に滅び、また元の山に戻る。それまでしばし、好きなところで気ままに暮らすのも良い、とさ」
「……そうか」
「鈴風は?」
「ん?」
「あれからどうした。随分酷い目にあったようだが」
「そうでもないさ。ただ……」
言いかけて止めた。
目の前に広がった風景に言葉が出なくなったのだ。
かつて青々と葉を茂らせた木々が昼でも暗いほど生えていた山肌は、今は段々に削られ高い壁で仕切られていた。その上に人の家がぎっしりと、隙間もないくらいに建てられている。けばけばしい色で塗られた壁や屋根。夜というのに目を射るような眩しさで明かりが灯されている窓。
「鈴風、こちらだ」
呆然としていた私を美殿井が呼ぶ。手招きされて近づくと、そこには山神が座していた。
「鈴風。久しいな。あれからどうしていた」
「命じられて蔵の守りをしていましたが、ある祓い人に解き放ってもらいました」
「祓い人に……珍しいな。そんなこともあるのか」
「はい。その祓い人が幼い頃少しばかり話をしたことがあり、それを覚えていてくれたようです」
「そうか。世の中は広い。いろいろな事があるものだ」
「山神様も……」
山神はだいぶ力が落ち、弱っているようだった。私が言葉に迷うのを見て苦笑する。
「山を畏れるものが少なくなった。なかなか生きにくい世だ。が、長くはない。こうしたことはたびたび起こり、そしていつの間にか元に戻るものだ。子どもの悪戯と同じで、人もいつかは愚かなことをしたと悟る。それまでのことよ。案ずるな」
「はい」
「またいつの日か山が元に戻ったら、お前もまた山守となるが良い」
「え……山神様?」
「それまでしばし、思うように暮らせ。今日を持って、その名を解く」
「あ……」
山神の姿が消えると私の面がはらりと地に落ちた。そして左の頬に刻まれた文字がさらさらと、風に飛ぶ砂のように消えていく。『さらば、鈴風』と残された声は、少し笑っているようにも聞こえた。
「や。名を消されるとは。鈴風……そうか、お前。それが目的で来たな?」
「ああ。式となるつもりだ。祓い人の。言わなくてもわかるのだな。やはり山神様は山神様だ」
「いやしかし……お前、その祓い人が山神様や私を清めようとしたら、どうする気だ」
「当然従う」
「呆れた。薄情ものめ」
美殿井はしかし、おかしそうに身体を揺すって笑い、それから背後から何かすらりとした光るものを差し出した。
「ならば餞をやろう。私の太刀だ。お前が昔持っていたものを真似して作った。使え」
「お前は良いのか」
「ああ。ここに住む妖などもう私くらいのものだ。祓い人でも来ない限り、戦う必要も無い」
「そうか。では貰っておこう」
「鈴風」
美殿井は、これも、と小さな瓢箪を投げて寄越した。
「良い名を貰えよ。お前に相応しい、美しい名を」
懐かしい故郷に別れを告げ、私はもと来た道を戻った。