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赤根ふくろう
赤根ふくろう
novelistID. 36606
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夏、来るらし

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「お茶碗、これいで良いかしらね? 気に入ってくれるかしら」
「少し座ってなさい、塔子」
「ええ……あら? 今、誰か玄関に来なかった?」
「空耳だよ」
日曜日。真夏のような気温になったその日、朝からそわそわし通しの妻に呆れながら、実は私も落ち着かなかった。
気のせいだろうか、空気もなんとなくざわざわと落ち着かなげで、見えないところからたくさんの目で見張られているような、変な気分にさせられた。
そんな状態のまま正午を少し過ぎた頃。
「どうも。こんにちは」
塔子があたふたと玄関に出た。私も小走りで追った。
「ああ、滋君。久しぶり。塔子さんもお元気そうで」
「まあまあ。由之さん、こちらこそご無沙汰しています。まあ、暑いところ大変だったでしょう。どうぞあがって。とりあえず冷たいお茶でも……」
「いやいやいや、僕はちょっと行かないといけないところがあるんでこれで……あ、貴志君。こちら、今日からお世話してくださる藤原さん」
「はじめまして。夏目貴志です。このたびはご迷惑をお掛けいたします」
従兄弟に押し出されるように一歩前に出た少年は、涼やかな声で挨拶すると深々と礼をし、ゆっくり顔を上げた。
想像していたよりもずっと穏やかな、優しげな顔立ちの子だった。子どもにしてはほっそりした感のある輪郭に、軽い色の髪がサラサラとかかる。光線の加減なのか飴色に光って見える瞳は、よく澄んでいて美しい。儚げ、という言葉が咄嗟に浮かんだ。男の子につける形容ではないが、佇まいにも同じ雰囲気がした。小柄な体躯は色が白くて痩せており、少年らしい闊達なところは全く無い。
だがそのときの私が何より衝撃を受けたのは、彼の表情の色の無さだった。
無表情ならまだ解る。
けれどそうではない。彼は静かに微笑んでいる。一見表情豊かに見える。だがそれはまるで、人形の顔のように作り物めいて見えるのだ。
眼差しには喜びや悲しみどころか、憂いや戸惑いといった、こういった場面なら当然出そうな心の動きさえも映し出されてはいない。塔子と由之君の会話や表通りを行き過ぎる車の音、やたらと鳴っている居間の風鈴。辺りで起きる物音はそれなりに賑やかだが、彼の面に影響は及ぼさない。なにものも彼の心に波風を立てることはできない。
それはまるで、その空間だけが現世とは異なる次元に切り取られているような。誰とも違う風景が彼の周りで展開しているかのような、そんな情景にも見える。
「貴志君? はじめまして、藤原塔子です。よく来てくれたわね。嬉しいわ」
我に返ったのは、塔子のいつもと同じ優しい声が聞こえたときだった。
気付けば従兄弟はもう玄関を出て、門前に止めた車に乗り込もうとしている。
「おい、待ってくれ」
「あ……」
私が出て行くと、それこそ何かに追い立てられるような形相になり、慌ててエンジンをかける始末。
「ごめん」
それでも飛びつくように窓を叩くと観念した顔を出した。
「ほんと、ごめん。でももうウチじゃ限界なんだ。許して……」
呻くように言う、その実に情けない表情に呆れて、何も言う気がしなくなった。
見送りもそこそこ、やれやれ、と玄関に戻る。
「おや?」
彼の靴が脱いである。が、居間から気配はしない。どこに行ったんだ、と首を傾げていると二階から塔子の笑い声がした。
「……だからね、ちょっと不便だとは思うけど」
「いえ。そんなことないです。大丈夫です」
「私も主人も、若い人のこと、何にも知らないのよ。だから変なことしていたら、遠慮なく言ってね。それから……あ、お風呂とトイレは一階にあるの。ふふ、あんまり古いからびっくりすると思うけど」
上がっていくと、彼のために用意した部屋で二人は話し込んでいた。もっとも貴志は緊張しているのだろう、塔子が何を言っても『はい』と『大丈夫です』、そして『すみません』しか言わない。だがそんな彼に気がついているのかいないのか、嬉しくて嬉しくて堪らない顔で、塔子はそのままおしゃべりを続け貴志を連れまわす。
彼の部屋から風呂、トイレ、洗面所、台所に居間、応接、納戸に書斎……
「さあ、これでだいたい見てもらったから、あとは……お昼にしましょう。お腹空いたでしょ? 今日はね、暑くなるって言うから冷やし中華にしたの。嫌いじゃなかった?」
「あ……いえ。大好きです」
本気で嬉しそうな声。初めて彼を『見た』気がした。思えばこれは、彼がこの家に来て初めて発した本音ではないだろうか。
私はなんとなくおかしくなり、笑いを堪えて彼を見た。
彼も何か感じたのか、私を見ていた。そしてほんの少しだけ。
―――笑った。
『この家にいても良いですか?』
そんな問いかけに思えて私は答えた。
「そうか。それは良かった。たくさん用意したのに食べてもらえなかったら、二人で三食冷やし中華を食べなきゃならないところだった」
言外に、よく来てくれたね、と思いを込めて。
彼は何か答えたそうに口を開いたが、結局何も言えないらしくまた口を閉じた。その目が少しだけ潤んで見えたのは気のせいだっただろうか。それとも……
「貴志くーん、手を洗ったら手伝ってくれない? お皿出して、冷蔵庫からハム出して頂戴」
「は……はい!」
絶妙なタイミングで声をかけた塔子に、私は心ひそかに拍手を送った。
作品名:夏、来るらし 作家名:赤根ふくろう