黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 15
「くくく……、ずいぶん安直だな、アンタ。もしオレがシンだったら、お前が帰ってきたと聞いたら、真っ先にアンタに会いに来るんじゃないか? 結婚の約束までしてたんなら尚更な」
男は立て掛けてあった刀を拾うと、ホノメに向けて山なりに投げた。ホノメは難なく受け取った。
「シンについて知らねえって事はない、アンタが望むなら教えてやるよ」
男の言葉に、ホノメは驚きを隠せなかった。
「何か知ってるのか!?」
訊ねるのに時間はかからなかった。
「ああ、色々知ってるぜ」
「だったら、早く教えてくれ!」
記憶の手掛かりが得られそうな状況に興奮し、ついホノメは親に咎められていた男勝りな話し方が出てしまっていた。
「慌てるな、事実は変わりゃしねえよ。まず一つ、シンは剣術の達人だ」
先ほど受け取った刀や、男の雰囲気から察するに、彼も相当の腕前を持っているようにホノメには思えた。
「他には……?」
ホノメは相変わらず、目を合わせようとしない男の背に真剣な眼差しを向けていた。
「他には、そうだな。誰の邪魔も入らないところで話してやろう」
男は岩の上から降りた。
「その刀、明日の夜まで預けておく。そいつがシンについての一番の手掛かりだ。何か覚ったら、明日の晩またここに来い」
男は教えると言っておきながら、何一つシンへと直接結び付きそうな情報をくれなかった。当然ホノメもこれで満足できるはずがなかった。
「ちょっと待て! それでは何も分からないだろ!?」
突如、ホノメに強風が吹き付けた。思わず目を閉じ、手を頭の前にやった。
風が止み、再び目を開けると、先ほどまで話していた男の姿は無くなっていた。
ホノメは呆然と立ち尽くしていた。頭の中にあの男の最後に残していった言葉が響く。
ーー何か覚ったら、明日の晩また来いーー
※※※
ホノメはその日の晩、夕方に出会った男から預かった刀を手に、様々思索にふけっていた。
両親に見つからないよう、刀を隠すのは容易ではなかった。もしも見つかれば、物騒だと取り上げを食らっていた可能性があった。
俄には信じがたいが、あの男は、この刀がシンへの重要な手掛かりであると宣っていた。没収されて困る理由は一応あった。
ホノメは刀を鞘から抜いて刀身を見た。手入れが非常に行き届いている。刃こぼれは愚か、輝きさえ放っていた。使い手によっては、岩をも両断する事も可能なのではないかと思えた。
刀を鞘に納めた。
刀を手にしたときから、ホノメには違和感があった。記憶の中に、どういうわけかこれの使い方があった。刀は振って何かを斬る、という認識は剣という存在を知る人ならば、あって当然だが、ホノメにはこの刀の最も有効な使い方が分かっていた。
何かを斬る瞬間のみ、刀身は抜き放たれ、それ以外の時は常に鞘に収まっている。こうした型が記憶にあった。
ホノメは覚えている限りの動きをしてみた。刀は納めたまま左腰にあてがい、右手で柄を軽く握る。この際左足を引き右足、右肩を前に出した右半身である。
目標をそばにあった蝋燭の火に定め、ホノメは刀を抜き放ち右斜め上の軌道に切り上げた。刃の軌跡は紛うことなく火を切り裂き、空間から消し去った。灯りがなくなり、部屋は闇へと包まれる。
ホノメは闇の中で目を見開いていた。頭の中でごちゃごちゃしていた記憶がありありと一つの形をなしていくのを感じた。
ーーそうか、私は……!ーー
何か覚る程度のものではなかった。たった一度、うろ覚えの剣の型を実践しただけで、全ての記憶がよみがえった気がした。分からない事があるとすれば、ただ一つ。
ーーあの男、一体何者だ……?ーー
ホノメは刀を払い、鯉口にみねを沿わせ、切っ先が鞘に入ると、パチンと音を立てて刀を納めた。
※※※
闇夜の河原に、ホノメと彼女に刀を預けた男が立っていた。
男は相変わらずホノメに顔を向けようとせず、背を向けて無言のままでいる。対するホノメはその背中を凝視していた。視線がぶれる事はなかった。
お互い何か話そうとしない。川が流れる音と、時折吹く風が揺らす葉の音だけが静寂の世界を包み込んでいた。
沈黙を打ち破ったのはホノメだった。
「お前のおかげで、私は記憶を取り戻せた」
男の肩が揺れる。
「ふふふ……、ただ刀を預けただけで記憶が戻ったってか? 随分安い記憶だな」
男は少しの間笑い声を上げた。
「……それで、アンタの婚約者も分かったのか?」
「いや、分からない。……本来ならな」
ホノメは何か含みのある言葉を発した。男は聞き返す事なく黙っている。
「本来なら、そう。私がホノメとして生きていったのなら知るはずもない」
「……………」
「ここには、シンは存在しない!」
ホノメは迷いなく言い放った。
「何故そう思う?」
男は問い掛けた。
「ここは、この世界は私の夢。病を持たず私が生まれ、そしてそのまま生きてきていたらどうなっていたか。ここはそれを表した夢の世界だ!」
ホノメが言い放つと同時に、空間にひびが入った。辺りの風景はまるでただ鏡に映っていただけの、実体のない虚のもののようだった。
「まさか、私がシン……、兄様のことを恋人にしたい、などと心のどこかで思っていたなんて、私も驚いているんだがな……」
空間のひび割れは続いた。ひびは放射状に広がっていく。
「最初から違和感があったんだ。頭の中にどういうわけか様々な人が浮かんでいた。ここは私の夢のイズモ村といえど、必ずいるはずの人に、この数日会うことがなかった」
イズモ村の長、ウズメやその弟スサ、そして彼の婚約者クシナダ。
ホノメが彼らの名を叫ぶ毎に空間の崩壊が進んだ。
「ヒナ姉様にも会えなかった。つまり、この世界は死んだ者の理想、つまり私の心の奥底の理想が作り上げたものだ!」
空間は限界に達し、遂にガラスのように砕け散った。辺りは無色透明の世界となった。
「私は実の両親からホノメという名を貰っていたらしい。何故分かるのかは知らないがな。そして、私は、本当の私は……!」
「そこまでにしておきなさい……」
ずっと黙って、空間が壊れていくのにも気にかけず、話を聞き続けていた男は振り向いた。
ついに見えた男の顔に、ホノメであった少女は驚き言葉を失った。
正体を現したのは、なんとシンであった。
「兄様が、どうして?」
「この姿は、最後の最後に使おうとした手段です……」
先ほどまでの男と言葉遣いが変わったばかりでなく、声音が女のものになっていった。
長髪の男の姿をしていた者は、一瞬念じると、本当の姿を露わにした。
絹のドレスに身を包み、雪のような白い髪を持ち、背中に片方だけ翼が生えていた。神話に登場する天使のような姿をした少女である。
「これが本当の姿です」
「いや、違うだろう」
少女には分かっていた。心に直接言葉が届いた。
「私という片方の翼が欠けているじゃないか」
天使のような姿をした少女は、憂いを込めた瞳を向けた。
「私と貴女は一つの存在でした。消えかけた私の存在をつなぎ止めるには、あの時死にかけていた貴女に、私の残る力で再生させ、憑代にするしかありませんでした……」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 15 作家名:綾田宗