黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 15
本人に聞かれていたらどうなっていたことか、想像してロビンは小さく笑った。しかし、それ以上にロビンは一度、その肝心な所を目にしたことがある。もしも言ったらさすがのシンも冗談だと取らないだろうと思い、その事は口にしなかった。
ロビンは飲み物を口にしながらシンを見続けていた。
「なんだよ、じろじろ見て、そういう趣味はないぞ」
ロビンは、冗談を言うところと、シンの容姿をある人物と合わせていた。
「大丈夫だよ、オレもない。それよりも本当によく似てるな、って思ってさ」
「似てる? オレが? 誰にだよ」
「君のお姉さん、ヒナさんだよ。性格は正反対なのに、姿といい、冗談を言うところが信じられないくらいそっくりなんだ」
「姉貴にそっくりだって? じゃあオレの姉貴はよっぽどの男顔ってことか」
「逆だよ、シンの方が女の人みたいなんだ」
「おいおい、勘弁してくれよ……、オレは完全な男だぜ!」
「だから、みたい、って付けたじゃないか」
シンは初めて他人にからかわれたような気がした。今まで人をからかってばかりいたせいで、自分がからかわれるのに耐性が付いていない。
返す言葉を失い、シンはすねたようにホットミルクを口に注いだ。カップから口を放すと、ふっ、と真っ正面の窓を見た。そこにはうっすらとシンを見返す自分の姿が映っていた。
「ふっ、まあ、あながち間違っちゃいないか……」
シンは呟いた。
「え?」
ロビンは不意の一言に少し驚き、カップを口からはなした。
「ガキの頃はよく姉貴に似てるって言われて、女だ女だ、ってバカにされてたものさ」
もっとも、そのような事を口走ってくる者は完膚なきまでに叩きのめしていた、とシンは加えた。
「そう言えば、まだロビン達にちゃんとお礼を言ってなかったな」
シンはカップをサイドテーブルに置き、リョウカの額の布を氷水に浸し、絞った。部屋中に水の滴る音が鳴り響く。
「お礼? 何のだ?」
「イズモ村の事さ」
シンはまた汗をかいているリョウカの顔を布で拭いてやると、そのまま額の上に置いた。
「リョウカと一緒にオロチを倒してくれたんだよな、本当にありがとう。オレの故郷を救ってくれて、姉貴も救ってくれて」
シンは椅子に腰を落とし、ロビンに向かって頭を下げた。
「何を今更、もうオレ達は仲間じゃないか。それに、お礼ならリョウカにしてやれ。リョウカはお前の意志を継いでオロチと戦ったんだ。リョウカが元気になって、灯台を灯したら、真っ先にリョウカにお礼をしたらどうだ?」
「リョウカが元気に、か……」
シンは突然弱気な表情を見せた。
「おい、まさかシン、お前までリョウカが死ぬんじゃないかと思ってるんじゃないだろうな?」
ロビンは少し語気を強くした。
シンは何も答えない、それもそのはずだった。リョウカの身に何が起きているのか、知り尽くしているシンには言葉がなかった。
「ロビン……」
シンは何とか声を出した。
「姉貴に会ったなら、何かお前自身に思い当たる事を言ったりしなかったか?」
ロビンは数ヶ月前、まだ秋の半ば位の記憶を甦らせた。
「姉貴には不思議な能力があるんだ。エナジーとも違う、人の力の性質を見抜く能力だ。本人は百戦錬磨の勘とか言っていた」
シンが幼い頃、ヒナから一族に伝わる剣術を教わっていた。その時一度としてヒナに適うことはなかった。単に、シンがまだ未熟だったせいでもあるかもしれないが、完全に見切られているように感じたのだ。そして、彼女から言われる助言が恐ろしいほどに正確で、その通りにすると無駄がなく、確実に強さに結びついていた。
シンから出た言葉の全てがロビンの記憶がみるみるうちに甦らせた。確かに、ヒナはロビンに宿る力を見切り、どんなものなのか、詳細に告げてくれた。
「そう言えば、ヒナさんはオレの中に宿るものの正体を見抜いてた。シン、君には話したことがなかったけど、オレは前にリョウカやヒナさんを手にかけようとしたことがあるんだ……」
ロビンに宿る力は何かに取り憑かれている、といった類のものではなく、紛れもなくロビンの持つ力である。ヒナが言っていたことだ。
シンは驚いていた。
「リョウカや姉貴を殺そうとしただって!? 嘘だろ、言っちゃあ悪いが、二人ともお前に後れをとるようには思えないし、そもそもお前が人殺しなんかできるようにも見えない」
「君が驚くのも無理はない、実際このまま戦っても絶対二人に勝てる要素はなかったさ。けど、オレには二人を殺しにかかっていた記憶が全くないんだ。ヒナさんには力が暴走するからそうなってしまうんだ、って言われた」
ロビンは二人との戦いにおいて、瀕死の深手を負った瞬間に、記憶がなくなり、相手を死の淵に追いやったところで記憶を取り戻していた。その瞬間に自らの意志とは逆の行動をする体を抑えて、二人を殺すことを避けていた。
ロビンの話を注意深く聞いていたシンは、ロビンの言う事に偽りを感じなかった。
「その話はどうやら間違っちゃいないな……」
シンは断言した。
「まさか、シンにもわかるのか!?」
「血は争えないものでな、姉貴ほど正確には見切れないにしても、常人よりも人の力には敏感だと思っているんだ。刃を交えた相手がどんな力を持っているか、何となく分かるんだよ」
本当に少しだけだと、シンは言った。
「それじゃあ……」
ロビンは視線を、ベッドの上で寝息をたてるリョウカへ向けた。
「リョウカの事、何か特別な感じはするのか?」
訊ねられ、シンの脳裏にある約束が甦った。
ーー絶対に他の者に喋ってはなりません。もし、その様なことがあったら、リョウカもわたしも存在ごと消えてしまいます……ーー
ジュピター灯台でリョウカの本体であると言っていた彼女の言葉である。リョウカ自身が、自らの本当の存在を知り得なければならなかった。
彼女、シエルと名乗った少女は、リョウカという仮の姿がもう限界を超えているとも言っていた。最近になって極端に病弱になったのはきっとこのせいであろう。
シンは思いを巡らし、黙ってうつむいていた。自分では何もできないもどかしさに、ある種の絶望をも抱いていた。このまま徒に時を過ごすしかないのだ、絶望を覚えてしまうのも無理はない。
「どうしたんだ、シン?」
俯いたまま、拳を堅く握り震わせるシンへ、ロビンはただならぬ事かと訊ねた。
「ロビン、すまねえ……」
シンは震えを抑えつけ、どうにか言葉を紡いだ。
「……オレからは、オレの口から言うことはできねえんだ……!言えば、リョウカが……!」
ーーそれには及びません……ーー
突如、二人の頭の中に声が響いた。この声音は、リョウカ。彼女のものに違いなかった。
しかし、リョウカは眠っている。彼女は人の心に干渉するエナジーを持ち合わせていない。その上、眠ったままエナジーを使うなどできるはずがない。
一体どこからの声か、当惑するロビンをよそに、シンは確信していた。
「その声、まさか、シエルか!?」
心の中に肯定の声が鳴り響いた。すると、リョウカの体が白く輝き始め、ベッドの傍らに人型が形成されていく。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 15 作家名:綾田宗