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報復

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 SDECEは、CIAがもたらした情報に狂喜した。3つの銀行口座を調べてみると、どれも長期的に一定額の金が振り込まれ、引き出されている。またモグラがいると指摘された港の入港検査部門、税関、フランス海軍支部の調達部門をそれぞれ用心深く調べてみると、先の2ヶ所から問題のありそうな人物がひとりずつ見つかった。入港検査部門で中型の外国船を担当している検査官は、賭博好きが高じて多額の借金を抱えていた。税関の係官は仕事はできるが性格にむらがあり、しばしば同僚と悶着を起こすことが昇進を妨げているのだが、それを自分に対する不当な扱いと見做して不満を抱えていたのだった。つまり彼らはKGBにつけ入られる典型的な要素を持っているのである。この二人を重点的にマークしたところ問題の銀行口座と難なく結びついた。
 海軍の調達部門にいるはずのもうひとりは少々難航したが、まず銀行口座の方から人物が特定された。階級は中尉で決して高くはないが、調達部門では極秘扱いの書類に接する機会も多い。ただ、この男には先の二人のようなスキがないように見えた。勤務態度は真面目だし、29歳で中尉というのは早くはないにせよ取り立てて遅くもない。だが忍耐強く監視を続けた結果、彼にも大きな弱みが見つかった。とある通信販売業者からセクシーな女性用下着を取り寄せ、それを自ら身につけて、月に一度か二度その方面の特殊デートクラブに出かける趣味があったのだ。
 こうしてマルセイユの3人は1ヶ月のうちに特定され、検挙されていった。彼らはみな、自分が何者に利用されていたのかを正確には把握していなかった。
 一方、CIAは《庭師》の直属エージェントだというフランス外務省の秘書官とオルリー空港の係官を独自の調査で調べていた。フランス側には内密にする以上、銀行口座を調べたり、職場で罠を仕掛けたりという積極的な調査はできなかったが、私生活を監視したところ、外務省の秘書官の方には二度ばかり、奇妙な行動が確認された。深夜近くになってフラットから出てきたと思ったら、近所の公衆電話を使ってどこかに電話をかけ、すぐまたフラットに戻っていったのだ。自宅に電話が引かれているにも関わらず、わざわざそんな時刻に電話をかけに外に出るのは、どう考えても不自然である。これは担当連絡官(この場合は《庭師》だろう)と内密に連絡をとるための行動と見て間違いない。とにかく何かコソコソやっているのは確かで、こちらも《庭師》の情報を裏付ける結果となった。
 それでもエドワーズ支局長は、懐疑的な態度を崩そうとはしなかった。今までのところ《庭師》からの情報に偽物は含まれていないようだ。ならば、次は情報の質を見極めねばならない。

 ところがマルセイユで3人目の海軍中尉が検挙される前夜、CIAパリ支局に大ニュースが舞い込み、事態は大きく変化した。チューリヒのアメリカ大使館に、亡命希望のロシア人がひとり駆け込んできたというのだ。亡命先はアメリカを希望するが、一定の事情聴取が終わるまではスイスを出たくないと強硬に主張しているらしい。その異様な要求から見て、まず別件とは考えられない。6週間前にザイコフが予告していた欺瞞工作の偽亡命者に違いなかった。
 翌朝、マクベリーは青くなって支局長のところに飛んでいった。
「支局長、これでもう間違いありませんよ。《庭師》は本物です! マルセイユのフランス人に、検挙を控えるよう要請してください!」
 さすがにエドワーズ支局長も動揺していた。未来の工作に関する予告など取るに足りないと決めつけていたのだが、実際にそれが発動したとなると《庭師》の価値も再考せねばならなかった。なにしろ工作の内容が内容である。非常に重要なリークだったと言わざるを得ない。彼は本当に、本物なのだろうか?
 エドワーズは努めて落ち着いた風を装って言った。
「マルセイユはもう間に合わない。午前中にも3人目を逮捕するらしい。その代わり、すぐに《庭師》を防衛するための手段についてフランス側と交渉を始める。君はなんとか早急に彼と接触を図って、うちがそういう対策を講じていることを知らせるんだ」
「マルセイユの件は、何と言って繕うんです?」
「とりあえず、フランス側の暴走ってことにしておくんだな」
「…彼がそれで納得しますかね」
「納得はしないだろうが、向こうもプロだ。こっちが態度を改めたことは分かるだろうさ」
 古ダヌキめ、とマクベリーは内心で舌打ちしながら支局長のオフィスを出た。

 その日の昼近く、パリの街角ではよくある光景だが、すり切れたブルージーンズをはきナップザックを背負うという典型的な貧乏旅行スタイルの若い女が、ガイドブックを片手に観光地図とにらめっこをしていた。目深にかぶったチューリップ・ハットの下からブロンドの髪がのぞいている。彼女は時間をかけて地図を検討していたが、ようやくどちらの方向に進むかを決めたらしく、決然と一歩を踏み出した。が、その時点で彼女の目はまだ地図から離れていなかったため、ちょうど通りがかった背の高い男にまともにぶつかってしまった。彼女はあわてて地図から目を離し、相手に自分の不注意を詫びたが、淡いグレーのスーツを着た男の方はかなりムッとした様子で、ひと言も口をきかずに行ってしまった。彼女は肩をすくめると、これまた自分が目指していた方向に歩き去っていった。
 どこでも見かけるような光景だったから、近くにいた通行人はまったく気にも止めなかった。従って、彼女があわてて詫びを言った時、ちらりと翻った地図の片隅に「カフェ・ラロンド、17:30」と書かれていたことに気づいたのは、ぶつかられた当人だけだった。

「来ないかも知れないわよ」
 17時25分、マクベリーと一緒に指定のカフェに向かって歩きながら、ジェシカは言った。この時には貧乏旅行の学生風から一変して、お堅いビジネススーツに身を包んだキャリアウーマン風になっていた。
「本気でムッとしてたもの。それも、ぶつかられたからじゃなくて、私の顔を見た途端に目つきが険しくなったのよ。かなり怒ってるんじゃないかしら」
「まあ当然だな。もともと彼が怒るかどうか見るのが目的だったんだから、それはそれで収穫だ」
 マクベリーは気の抜けたような声でそう言った。
「もう、うちとの接触は危険だと見て来ないんじゃない?」
「その可能性は低いな。今さら接触を断っても10名分のエージェント情報を流してしまった事実は残る。もう後戻りはできない以上、彼としては文句のひとつも言って、うちの方で何とか防衛手段を考えろと迫りたいんじゃないかな」
「何だかちょっと気の毒ね…」
 ジェシカは独り言のように言った。
「よせよ。向こうだって覚悟の上で応じたはずだ」
 言いながらも、マクベリーは気が重かった。ザイコフの方は最初から、露骨に手を出すなと頼んできていたのだ。それを《庭師》の真偽を見極めるためにあえて無視し、結果として本物だった彼を窮地に追い込んだ支局長のやり方は、やはり少々えげつない。しかし、それに対してザイコフが抱いただろう怒りと不信感の矛先は、支局長ではなく、彼を勧誘した自分に向けられるに決まっているのだ。
作品名:報復 作家名:Angie