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報復

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 翌朝、大使館に出勤したマクベリーは、すぐにエドワーズ参事官のオフィスに来るようにと言われた。行ってみると、そこにはすでにジェシカが来ていて、デスクの前のソファセットに参事官と向かい合って座っていた。
「やあジョン、待っていたよ」
 パリ支局長は言った。
「例のスイスの亡命者が、ついに尻尾を出したぞ」
「何か偽物だという証拠がつかめたんですか?」
 マクベリーが訊ねると、エドワーズはニヤリとして言った。
「昨夜、彼を匿っている山荘で、グリーンベレーを使った大掛かりな芝居を打ったそうだ。KGBの暗殺部隊が襲撃してきたという設定でね。それらしく派手に銃撃戦をやって、暗殺者を装った男が銃口を突きつけたところ、やっこさん、パニックに陥ったらしい。暗殺者に向かって自分はモスクワの作戦で動いているんだと叫んだのさ。見事に引っ掛かったよ」
「なるほど、そいつは決定的だ」
「これで、我々が亡命者の真偽をチェックするためのテストをし、奴がそれをクリアできなかったという事実ができた。偽の亡命者としてペーロフを絞り上げても《庭師》に疑いはかかるまい」
「もう取り調べは始めたんですか?」
「昨夜のうちに、奴が偽の亡命者として送り込まれた目的を吐かせたところ、おおむね《庭師》の情報を裏付ける供述が得られた。奴の身柄はいま、ローザンヌの山荘の地下室に拘束してあるが、ラングレーから指示が入り次第アメリカ本国に移送して、さらに詳しく取り調べるそうだ」
「どうやら《庭師》は、思い掛けない鉱脈だったようね」
 隣で聞いていたジェシカが言うと、エドワーズも頷いた。
「まったくだ。ラングレーも評価しているよ。それで昨夜の件だが、君から依頼のあった特殊部隊要員として、ローザンヌでペーロフを引っかけたグリーンベレー3名を、そのまま回してもらえることになった。あとは《庭師》がテロリストの居所を知らせてくるのを待つだけだ」
「その連絡を私が務めるのね」
 ジェシカが言った。どうやら昨夜の話は、すでに支局長から聞かされたようだった。
「そうだ。今日はひとまず《庭師》に接触して、君が今後どこで待機しているかを伝えてくれ。デッド・ドロップを経由する時間が惜しいから、情報が手に入ったら直接そこにいる君に接触するようにとね」
「了解」
「ジョン、君はとりあえず大使館で待機だ。3人の要員は今日の夕方にはこちらに到着する。ジェシカが情報を受け取ったら、ただちに彼らを連れて現場を見に行くことになるからな」
「分かりました」
 こうして短い打ち合わせが終わり、マクベリーとジェシカはそれぞれの思惑を胸に支局長のオフィスを辞した。マクベリーはすっかり高揚していた。マルセイユの海軍中尉、スイスの亡命者と、大きな収穫が続いている。それらは《庭師》を獲得したマクベリーの実績になるのである。今回さらにソンミ村事件の発覚を防ぐという重大な役目も負うことになった。これを無事に果たせば、自分には輝く将来が約束されるのだ。
 一方ジェシカは、ようやく自分の出番が回ってきたという気がしていた。今までずっと補助的な役割に甘んじて、あのロシア人とはろくに口もきいていない。だが、これでようやく自分ひとりで彼と接触するチャンスができた。いよいよだわ、とジェシカは思った。いつかの国際テロ組織の脂ぎったオヤジなんぞより、若くてハンサムなKGB駐在官こそは自分に相応しい相手なのだと思った。

 パリ・ドフィーヌ大学は、ランヌ通りのソ連大使館の並びを500メートルほど北に行った所にある。その日の午後4時頃から、ジェシカは学生を装って大学構内のカフェテリアの隅に陣取っていた。日曜ということで厨房は閉まっており、学生の姿もほとんどなく、給湯器の湯でいれた紅茶を前に長居している眼鏡の女子学生に注意を払う者などいなかった。ソ連大使館の通用口は普段からCIAのエージェントが見張っているから、ここで待機していれば《庭師》を捕まえるのは簡単だった。エージェントには写真を渡して、この男が出入りしたら連絡しろとだけ指示してある。それがCIAの協力者だということまでは知らせてやる必要がないからだ。
 午後6時ごろ、トートバッグにしのばせた小型無線機がささやいた。
「30秒前に通用口を出ました。ひとりでランヌ通りを北に向かって歩いて行きます」
 ジェシカはちらりと腕時計を見て席を立つと、秒数を数えながらカフェテリアを出て、急ぐ様子もなく正門へと向かった。歩きながら、度の入っていない眼鏡を外す。日曜とはいえ、ちらほらと学生も行き来している。正門の手前10メートルの所で、大学の前を横切っていく《庭師》の姿が見えた。いいタイミングだった。正門の北隣にある交差点では、おあつらえむきに歩行者信号が赤になっていた。ジェシカは信号待ちの間に《庭師》に追いつき、その隣に並んだ。
「ついてきて」
「昨日の今日で何の用だ」
 信号機を見つめながらジェシカが小声でささやくと、ザイコフは驚いた様子もなく、道路を行き来する車の流れに目を向けたまま言った。彼らの短い話し声は交通量の多い交差点の騒音にかき消され、周囲で信号待ちをしている他人には聞こえなかった。
「伝えておきたいことがあるのよ」
 そう言った時、信号が変わった。ジェシカはひとり先行して小走りで横断歩道を渡り切ると、そのまま振り向かずに歩を進めた。ザイコフの方は周囲の人間に紛れながら、落ち着いた足取りで道路を渡った。こうしてジェシカが20メートルほど前を行き、10人ほどの歩行者を隔ててザイコフが続くという形でビュゲ通りをしばらく歩いた後、通りの中ほどにある年中無休のカフェに入ると、適度に込み合っている店内の奥まった席で向かい合った。
「それで?」
 それぞれ適当に飲み物を注文すると、ザイコフの方が切り出した。
「昨日の学生の話だけど、場所だけ先に知らせて欲しいそうよ」
 ジェシカは、周囲に漏れ聞こえても当たり障りのない単語だけを選んで言った。
「まだ調べてる。分かったら知らせると言ったはずだ」
「無理を言って悪いけど、なるべく急ぎたいの。これから毎日、午前10時から12時と、午後4時から6時まで、私がこの店で待機するから、情報が入ったら投函せずに私に知らせて」
「分かった。他には?」
「昨夜、ペーロフが不合格になったわ」
「誰?」
 ザイコフは怪訝な顔で聞き返した。亡命者の名前は聞いていなかったらしい。
「スイスの人よ。偽物だと断定されたの」
 そうジェシカが言い直すと、ザイコフは目を上げて眉をひそめた。
「…早すぎる」
「うちが独自にテストした結果よ。あなたに迷惑はかからないわ」
「テストって、何をしたんだ? ポリグラフぐらいじゃ引っ掛からないはずだが」
「ちょっとしたお芝居よ」
 ジェシカは小声で、手短にかいつまんで説明した。ザイコフは興味深げに聴いていた。彼がジェシカとまともに向き合ったのは、これが初めてだったと言っていい。
「ふうん、巧妙な手を思いついたものだ。それで奴をどうするんだ? 送り返すのか?」
「うちもそこまで優しくはないでしょ」
「だろうね。気の毒に…」
 ザイコフが呟くのを聞いて、ジェシカは思わずクスッと笑った。
作品名:報復 作家名:Angie