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報復

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 そうしてザイコフが頭を冷やしていた頃、ロンドンのソ連大使館地階の通信室では、3人の無線技師が過酷なまでに忙しい一日から解放されようとしていた。この3人は特に腕が良いと見込まれて、その日の午前0時からイギリス中のCIA関連施設とアメリカ軍基地を対象に、すでに18時間以上もぶっ続けで無線の傍受に努めていたが、その時刻になってようやく、大使館内のKGB駐在官オフィスを満足させる一本の通信を拾うことに成功したのだった。それはアルコンベリーにある米空軍基地からロンドンのアメリカ大使館に向けた暗号電信で、解読すると《トロフィー受領》という他愛もない短い通信だった。3人の技術者たちには、こんな通信を暗号で送るアメリカ空軍基地も阿呆だったが、それを傍受して喜ぶ駐在官オフィスに至っては、もはや狂っているとしか思えなかった。だが、とにかく疲れ切っていたし、勤務を交代しても良いという許可が取り消されては困るので、黙々と通信室を出て帰途についた。
 技術者たちは知らなかったが、この《トロフィー》というのはラングレーがイワン・ゴールキンに進呈した暗号名であり、したがって通信内容は亡命者ゴールキンがロンドンからアルコンベリー空軍基地に移されたことを意味していた。ロンドン駐在官オフィスを統べるルシンスキー参事官は、この情報を受けて自分のデスクから何本かの内線電話をかけ、満足そうな笑みを浮かべた。

 それからさらに6時間後、日付が変わって午前1時を少しまわった頃、スイスのローザンヌ郊外にあるCIA所有の山荘から一台の車が走り出した。ハンドルを握っているのはチューリヒから派遣されてきたアメリカ大使館付の武官で、後部座席中央には二人のCIA職員に挟まれてニコライ・ペーロフが座っていた。昨夜グリーンベレーによって仕掛けられた大芝居に自ら化けの皮を脱いでしまった彼は、すっかり気落ちして憔悴し、抵抗の素振りも見せなかった。一行はこれからジュネーブへと向かい、夜明け前にはヘリでブリュッセル郊外のNATO軍基地に飛び立つのである。そして、そこから空軍の輸送機を使ってペーロフの身柄をアメリカへ送ることになっていた。
 標高の高いこの土地では、路面はすでに雪に覆われていた。もちろん車はスノータイヤを履いていたが、山荘からローザンヌ市街までは、くねくねとした細い山道を降りることになるので、スピードは上げられなかった。こんな時刻に移送を開始したのはそのためだ。もし一行を追って山道を降りてくる車や、逆に山荘に向かって上ってくる車があれば、遠くからでもすぐに視認できる。いくらKGBでも、この山道を無灯火の車で走ることは不可能だと思われた。むろん、ペーロフがこの場所に匿われていることも、彼の正体が見破られたことも、KGBは未だ知らないはずだから、あくまでも念のための用心だった。
 ところが。幾つ目かのヘアピンカーブにさしかかった時、一行は彼らの予測が甘すぎたことを思い知らされた。左側を崖っぷちのガードレールに、右側を針葉樹林にはさまれたそのカーブで、右の前輪が突然パンクした。運転していた武官は咄嗟に逆ハンドルを切ったが、横滑りした車は大きくふくらんでガードレールに激突した。その途端、針葉樹林の方からライフルの連射が襲ってきた。運転席の武官は応戦に出たが、反対側のドアはガードレールに塞がれて開かないため、車内で頭を低くして、助手席の窓から木立の中へS&Wを打ち返すのが精いっぱいだった。後部座席のCIA職員2名は、恐怖に青ざめるペーロフを反対の窓際に押しやり、やはり針葉樹林の方向へ銃を突き出した。そうして車内全員の注意が林の中に向けられている間に、車の後方で黒いスキーウェアに身を包んだ男が崖下から姿を現し、ガードレールを乗り越えた。その黒づくめの男は低い姿勢で素早く車に近づいた。木立からの発砲が一斉に止み、前席の武官が外をうかがおうとした瞬間、車のすぐ後ろで発射されたマグナム弾がリヤウィンドーを突き破り、ペーロフの頭を吹き飛ばした。
作品名:報復 作家名:Angie