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報復

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 メイヤーは二人の助手をつれて資料室に行き、アレクサンドル・ザイコフに関するありったけの記録と写真を漁った。ソ連大使館員の中にあって、普通の外交官とKGB駐在官を見分けることは難しくない。外交関係のパーティなどで、大使・公使クラスを除く普通のソ連外交官たちは外国人と言葉を交わすのを避けたがるのに対し、KGB駐在官は仕事柄、積極的に外国人に話しかけてまわるからだ。そんなわけでアレクサンドル・ザイコフも、在任先の各地でKGB駐在官と認識され、写真を撮られていた。最も古いのは10年前にブダペストの経済大学に入っていく横顔を写したもの、最新は昨年6月にパリのソ連大使館から出てきたところを斜め前方から全身撮影したものだった。だが記録の方は、彼のブダペスト駐在期間にSISから廻されてきた少数の報告と、1962年にCIAパリ支局がアナトーリィ・ボロディンという男を引っ掛けて聞き出した話の中に、何度か名前が出てきただけだった。どうやらCIAその他の西側情報機関とは、これまでに大きな関わりがほとんどないようだった。そこで資料の不足を埋めるため、メイヤーは改めてゴールキンに事情聴取を行い、ザイコフの詳しい経歴を聞き出して記録をとった。その際もちろん、彼が抱えているという《事情》についても詳細な供述をとった。

 こうして作成されたメイヤーの報告書は、まずラングレーの作戦本部長に渡され、そこで数名の幹部に回覧された。さらにCIAパリ支局長のロバート・エドワーズが呼び出され、ザイコフ獲得の是非が検討された。その席にはメイヤーも呼ばれ、必要に応じて説明を求められた。
「こいつはしかし、小物すぎるんじゃないかね」
 作戦本部副部長のホブスンが、報告書から顔をあげて言った。
「この世界じゃ34歳なんて若造だし、階級もまだ中尉でしかない」
「ゴールキンに言わせると、そこが取り込むポイントでして、本当なら今頃はもう佐官になっているべき能力がありながら、その階級に据え置かれているらしいんです」
 メイヤーが説明すると、今度はソーントン本部長が報告書を見ながら口を開いた。
「確かに変わった経歴だな。ソ連の最高学府を首席で卒業し、正規の外交官教育まで受けたエリートとは信じがたい異常さだ。だいいちヨーロッパを専門にしている男を、よりにもよってあの時期の中国に放り込むなんざ、モスクワの仕打ちも相当エグいぞ」
「それだけに、誘えば乗ってくるだけの動機は充分ありそうですな」
 パリ支局長のエドワーズが言った。メイヤーはわが意を得たりと頷いた。
「おっしゃる通りです。ゴールキンも同様の意見でした」
「しかし、一度はゴールキンの誘いを断ったとあるぞ」
「本気では取り合わなかった、とゴールキンは言っています。当時ザイコフは自分が疑われていることを承知していましたから、上司による誘いを忠誠心のテストだと考えて警戒したに違いないと」
「今度こそは本音で応じるだろうというわけか」
「向こうは誘えば乗ってくるかも知れんが、我々の方はこの男を取り込んで本当に利益になるのかね」
 どうやらホブスン副部長は、どうしても彼の年齢と階級が気に入らないようだった。
「ゴールキンはザイコフを高く評価しています。いずれ彼がこちら側に来れば、極めて優秀な参謀を手に入れることになると言っていますよ」
「だが、それはまだずっと先の話だ。私が重視しているのは、当面エージェント・イン・プレースとして使うにあたって、実のある情報を提供できる男かどうかだ」
「君はどう思うね、ボブ?」
 ソーントン本部長はパリ支局長の方を向いて訊ねた。エドワーズは資料を見ながら静かに言った。
「この男が本当にゴールキンの言うような切れ者ならば、この変則的な経歴はかえって魅力的だと言えるでしょうな。行く先々でそれなりにアンテナを広げていれば、多彩な情報をキャッチした可能性がある。特に、パリに来る前の4年間、非合法工作本部にいたというのは興味深い。とりあえず釣り上げてみては如何ですかな? 非合法工作本部時代に目ぼしいネタを拾っていたかどうか、それを我々に提供する気があるかどうかで品定めするというのは? それで無価値だったら、放り出せば済むことです」
「賛成だな」
 ソーントンは頷いた。
「では、パリ支局で釣り上げるとして、どう攻める?」
「まず正攻法としては、ここに書かれているこの男の《事情》を利用しますが、少々デリケートな過去をつつくことになりますから、逆恨みされる恐れもある。それも最初から反発してくれればいいが、途中で翻意されると厄介です。そういう事態を防ぐ意味で、搦め手も用意した方がいいでしょうな」
「…つまり、女か」
「実はこの報告書を受け取ってから、パリでも少し調べてみたんですが、この男、今年の2月に離婚したばかりでしてね。噂によると女房が別の男に走ったというんですな」
「おいおい、冗談だろ?」
 ホブスンが茶化すように口をはさんだ。
「写真で見る限り、なかなかの男前だぞ。こんな顔の男ならハリウッドにいたって驚かん。少なくとも女に捨てられるタイプには見えんがな」
「内実は知りませんよ。あくまで噂ですからな」
 エドワーズは肩をすくめた。すると今度はメイヤーが口を出した。
「ザイコフの方が追い出したんじゃないですかね? 報告書にも書きましたが、ゴールキンは彼の結婚も命令による無理強いだったとして《事情》のひとつに挙げています」
「すると女嫌いなのかね? だったらボブの言う搦め手は使えんのじゃないか」
「いや、そういうワケでもないようです」
 メイヤーが言った。
「北京にいた頃は、何人かの大使館女子職員に手をつけてたそうですよ。本人が漁ったワケじゃなく、いつも女の方から言い寄ったらしいんですが、来るもの拒まずだったようで。ゴールキンもさすがに目に余って、まともにつき合う気がないなら手をつけるなと密かに注意したことがあるそうです」
「エピキュリアンか」
「よく分からん男だな。すると、ブダペストの女を引きずってるって話はどうなるんだ?」
「そっちを引きずってるから、他の女に本気になれんのだろう。若い男にはありがちな話だ」
「まあいい。とにかくそういう男なら、女を使って搦め取るのも難しくない。本気にさせられなくとも、既成事実を作って証拠をつきつければ翻意もできまい。君のところに、そういう要員はいるのかね?」
 ソーントンは改めてエドワーズの方を見て訊ねた。
「ジェシカ・ハミルトンがいますよ」
「いつぞや国際テロ組織の武器ルートを潰すのに活躍したお嬢さんか。警戒されてるんじゃないかね」
「それは大丈夫でしょう。今までKGB関係で使ったことはありませんからな。それに彼女を使うのは、奴を釣り上げて、品定めしてからの話ですよ」
「よかろう。ではやってみたまえ。最初の品定めは君に任せる。もし思いがけない上物だったら、以後はラングレーでもバックアップを惜しまん。また、そうであることを期待してるよ」

 アメリカでの会議を終えてパリにとんぼ返りしたエドワーズ・CIAパリ支局長は、自分のオフィスに落ち着くと、改めて問題の男の資料を読み返した。
作品名:報復 作家名:Angie