We have been friends since...
そういうわけで、もっぱら小言をくらったのは7年生3人の方で、ミーシャに対しては、いじめを止めに入った行為は称賛に値するが、相手が顔に青アザを作るほどの暴力は振るうべきでなかったという、ごもっともな叱責のみだった。結果としてケンカ両成敗の形になったことに文句はなかったが、罰としてそれぞれ英語で反省文を書いて提出しろという宿題を課されたのは痛かった。もちろんミーシャも英語での授業についていける程度には読み、聴き、話すことができるのだが、作文となると大の苦手だ。それよりは居残りで教官室の掃除でもさせられる方がマシだった。けれど、こればかりは教師の方が決めることなので仕方がない。
くそ、誰か英語の得意なヤツが手伝ってくれたらなぁ…
ミーシャは一瞬そんなことを考えたが、普段クラスメイトから距離を置いているだけに、こういう時には誰を頼ることもできなかった。
教官室でのお説教は小一時間もかかったろうか。ほとんどの生徒は授業が終わればさっさと帰ってしまうから、もう誰もいないだろうとミーシャは思っていた。だが、カバンを取りに教室へ戻ると、驚いたことにペーチャ・コーズロフが所在なさげな顔でぽつねんと居残っていて、ミーシャが入っていくと、おずおずと声をかけてきた。
「あの…、ミーシャ、ゴメンね、僕のせいで…」
「別に、お前が悪いワケじゃないだろ」
「でも、ホントなら僕が、悪いのは上級生の方で君じゃないって先生に言うべきなのに、あいつらに仕返しされそうで怖くて…。だからゴメンね」
「お前さあ、そんな風に怯えたりするから、あんなのにバカにされるんだぜ!」
あまりの臆病さにミーシャは少々イラッとして、思わず大きな声でそう言ってしまったが、その途端ペーチャがビクッと肩を震わせて泣きそうな顔をしたので、ポリポリと頭を掻いて気を鎮めた。付き合いはなくても、ペーチャが臆病で意気地のない生徒だというのは見ていれば分かる。それが、こんな時間まで一人で残って自分に声をかけてきたのだ。
こいつにしちゃ、勇気を出した方か…
ミーシャはそう思いなおして、ペーチャの罪悪感をフォローしてやることにした。
「まあとにかく、そう気にすんなよ。先生に呼び出されたのは、おれだけじゃなかったんだ。なんでも窓から一部始終を見てたヤツがいたらしくてさ、あの3人こそ叱られてたぜ。おかげでおれは、少しやり過ぎだって言われただけで、悪者にされずに済んだしさ。だから、もう気にすんな」
すると、ペーチャが意外なことを口にした。
「あ…じゃあサーシャは、やっぱり約束通りにしてくれたんだ」
「はあ? なんだそれ?」
ミーシャは思わず聞き返した。なんでここで、サーシャが出てくるんだよ?
「今朝のオレーシャと君のやり取りを聞いて、僕、心配になったんだ。君がひどく叱られることになったらどうしようと思って…。それでサーシャに相談したら、僕の名前を出さずに、うまく先生に伝えておくって約束してくれたんだ。なのに放課後になったら君が呼び出されたんで、忘れちゃったのかと思ってたんだけど…、やっぱり流石だなあ、サーシャって! あんなに勉強ができる上に、親切で頼りになって、スゴイよね。どうしたらあんな風になれるんだろうね?」
いつもの弱気はどこへやら、ペーチャはビックリするほどの勢いでまくし立てた。急に口数が多くなり、まるで自慢するみたいに顔を紅潮させて、すっかりサーシャに心酔している様子がうかがえる。ミーシャはなんだか物凄く不愉快になった。
「待てよ。だったら、あいつは本当はケンカのいきさつなんか見てないってことか?」
「うん…でも、きっと僕の名前を出さないように話を工夫してくれたんじゃないかな…」
「だけど、それは結局、嘘をついたってことじゃんか!」
「まあそうだけど、この場合は方便というものだよ」
ペーチャと向かい合っていたミーシャは、後ろから聞こえてきた柔らかい声に驚いて振り返った。いつの間にか、教室の入り口にサーシャ・ザイコフが立っている。ミーシャは思わず食ってかかった。
「なんだよ、お前、なに隠れて聴いてんだ!」
「別に隠れてないよ。ピオニール委員会が終わって戻ってきたところ」
「でも立ち聞きしてたんだろ!」
「してないけど、廊下まで聞こえたよ。他に誰もいなくて静かだし、君、声が大きいんだもん」
「悪かったな、育ちが悪いもんでね!」
ミーシャがふて腐れたようにそう言うと、サーシャはちょっと眉をひそめた。
「どうして自分でそんなこと言うのさ。誰もそんな風に思ってないのに」
言われてミーシャはムッとしたが、咄嗟に言葉が返せなかった。劣等感など持っていないつもりだったが、クラスでただひとり中・上流階級に属さない自分を、どこかで卑下していたかも知れない。そんな卑屈さをズバリと指摘されたようで腹が立ったが、それがサーシャに対してなのか自分自身に対してなのか、分からなかった。
ミーシャが言い返せずにいるうちに、サーシャは自分の席に置いてあったカバンを取って言った。
「さあ、僕らも帰ろうよ。外がすっかり暗くなっちゃった」
「ホントだ。早く帰らないと家で心配されちゃうね」
ペーチャはすぐに同意し、自分のカバンを肩にかけてサーシャと一緒に教室を出て行こうとした。
「おい待てよ! まだ話があるんだよ」
帰ろうとする二人の背中に、ミーシャは声をかけた。するとサーシャは肩越しに振り向いていった。
「その話って、今じゃないといけないの? どのぐらいかかる?」
「どのぐらいかかるか分かるもんか。でもいい機会だから、言いたいことは言わせてもらう」
「僕はもちろん構わないけど…」
言いながらサーシャは、ちらりとペーチャに目をやった。ペーチャはハッキリと”困る”という顔をしている。
「あの…僕はもう帰らないと、本当に家で心配するんだ。ごめんね」
「話があるのは、お前にだよ、優等生!」
ミーシャがそう言うと、それまで顔だけをこちらに向けていたサーシャは顔色を変え、くるりと身体の向きを変えて正面からミーシャを睨み据えた。
「ふうん。いいよ、じゃあ君の話を聞こう。ペーチャ、君はもう帰りなよ。また明日ね」
サーシャにそう言われてペーチャはこっくりと頷いたが、なんとなく不穏な空気に心配顔だった。
「あの…ミーシャ、本当に話をするだけだよね? ケンカなんかしないでよ」
おずおずと小声でそんなことを言われて、ミーシャは思わず苦笑してしまった。
「なに心配してんだ。こいつが相手でケンカになるかよ」
「うん…、ならいいんだ。じゃあ僕、帰るよ。君たちも、あんまり遅くならないようにね」
ペーチャはそれだけ言うと、そそくさと帰っていった。
「で、僕に話って何だろう?」
二人きりで対峙すると、サーシャは傍の机に自分のカバンを置きながら訊ねた。長くなることを覚悟しているようだ。彼の口調や態度はいつもの通りに穏やかで柔らかだったが、その顔つきは怒っているようにも見えたし、悲しそうにも見えた。ミーシャは切り出した。
「お前さあ、何様のつもりなんだよ」
「君の言ってることが分からないんだけど」
作品名:We have been friends since... 作家名:Angie