We have been friends since...
ミーシャはちょっと考え込んでしまった。自分がサーシャを苦手に思っていたのは、そのカンペキぶりがなんだか気味悪かったせいだが、それは周りが優等生の役を押し付けてるからだと言われると、思い当たることもある。クラス委員でも何でも、肩書は華々しいけど面倒な義務が伴うようなことは、当然サーシャがやってくれるものだと皆が決めてかかっているところは確かにあって、ミーシャ自身もその一人だったかも知れない。
とはいえ、嫌なら嫌だと言って辞めちまえ…などとは、簡単に言えない気もする。もし本当にサーシャがクラス委員を辞めると言い出したとして、自分が代わりを務めようという者は一人もいないだろう。きっと皆でサーシャの「身勝手」を批難して、元のさやに押し戻そうとするだけだ。なぜなら…
「けどさぁ、君は嫌なのかも知れないけど、傍で見てると君は、クラス委員でもなんでも余裕でこなしてるように見えるんだよな。あれもこれもやりながら、手一杯で汲々してるって感じがしなくてさ、正直いって…なんつーか、その…すげえなって思う。おれじゃ絶対、ああはできないと思うぜ」
そう言ってしまってから、ミーシャは顔を赤くした。そうなんだよな。自分もやっぱりペーチャと同じで、サーシャのことをすごいと思ってたんだ。ただ、それを認めるのがなんだか悔しくて、気味が悪いとか気に入らないとか、変に突っぱねてたんだよな…。そう思ったが、本人を前に正直に言ってしまうと、やっぱりちょっと照れくさかった。
一方のサーシャも、やはり少し赤くなりながら、びっくりしたような顔をミーシャに向けた。
「…僕は、君が僕を嫌ってると思ってた。きっと僕のこと、つまんないヤツだと思ってるんだろうなって…。だって君は、僕と違って、いつでも自分の考えを口にして、その通りに行動して、誰にも媚びないし周りに流されて揺らいだりもしないしさ」
「仕方ないだろ。だっておれ、クラスで浮いてるもんな。一人だけ育ちが違うから」
「またそんなことを言う! 浮いてるっていうけど、それは君がバリアを張って、みんなを近づけないようにしてるからじゃないのかい? 親がどんな仕事をしてるかなんて、僕らに関係ないだろう? 今朝の君とオレーシャのやりとりなんか、胸がすく思いだったよ。僕だけじゃない、みんなそう思ってる」
ミーシャは口をつぐんだ。そういえば先刻も、サーシャに同じようなことを言われてムッとしたのだった。だが今は、不思議と腹が立たない。さっきのあれは、やっぱり自分に対する腹立ちだったのだと改めて思った。劣等感など持つものかと身構えていること自体が、すでに劣等感の表れなのかも知れない。
「…そうかぁ。なんか、色々と分かった気がする…」
しばらくしてミーシャはようやくぽつりと言い、それから改めてサーシャの顔を見た。サーシャの呼吸もすでに落ち着いている。
「めまいや吐き気はないか? なければ帰ろうぜ。そこ、腫れてきてる。帰って冷やした方がいいよ」
「その、色々と分かったことを、僕には教えてくれないのかな」
サーシャは座ったまま、カバンを取って立ち上がったミーシャを見上げて、懇願するようにそう言った。唐突に話を断ち切られて放り出されたような気がしたのだ。けれど、それに対するミーシャの返事は意外なものだった。
「続きは歩きながらでいいだろ。おれ、君ん家まで一緒に行くから。君がその顔で帰ったら、おふくろさん、目ェまわすぜ。ちゃんと説明して謝んなきゃな」
「君が母に謝ることはないけど、来てくれるのはすごく嬉しい!」
立ち上がりながら、サーシャが本当に嬉しそうな顔をしたので、ミーシャはまた照れくさくなった。
「それに、初めて君とじっくり話せたのも嬉しいんだ。ケンカした甲斐があった」
「あんなのは、ケンカのうちに入らねえよ」
ミーシャは照れ隠しに、わざとぶっきらぼうに答えた。
「おれとケンカするんなら、もっと鍛えてからにしてくれよ。君、今まで殴り合いのケンカなんてしたことないだろ。ただ拳骨ふりまわしたってダメなんだぜ。殴り方にも殴られ方にも上手下手ってのがあるんだ。そういうの、ぜんぜん分かってねえんだもん。相手になれるかよ」
「ふうん。だったら、教えてくれないか」
「はあ? そんなの教わってどうすんだよ。君、ケンカなんかしないくせに」
「今日、君にかかっていったし、これからだって分からないじゃないか」
「そりゃそうだけど…」
「ダメかい?」
「いや、いいけどさぁ…。基本ボクシングだし…。じゃあまあ、ちょっとずつな」
「本当に? ありがとう!」
その時のサーシャの顔といったら! 満面の笑みを浮かべて目を輝かせ、本気で喜んでいるようだった。ケンカを教わりたいなんて不穏当な話をしてるのに、この無邪気さはどうだ。礼を言われたミーシャの方が気恥ずかしくなってしまった。
サーシャの家に向かう間も、二人の少年は話し続けた。お互いについて、また自分自身について、思っていたことを正直に打ち明け合った。そうするうちに、それぞれが抱えていた謂われのない劣等感はどんどん薄れて消えてゆき、代わりにお互いを信頼する気持ちが強くなっていった。
作品名:We have been friends since... 作家名:Angie