We have been friends since...
サーシャの母、アントニーナ・キリーロヴナは、顔を腫れ上がらせて帰って来た息子を見て目を丸くしたが、サーシャ本人やミーシャから事情を聞くと、「男の子はこれだもの、仕方のないこと」と言っただけで、叱るつもりはなさそうだった。
「それよりミーシャ。よかったら、うちで晩御飯を食べていらっしゃいな。お家の方が心配するといけないから、まず電話なさいね」
ミーシャが謝罪の言葉を口にしかけると、遮るようにそう言った。サーシャの言葉遣いや素行から推して、よほど礼儀作法に厳しい口うるさい母親だろうとミーシャは思っていたが、実際に会って見ると、なんともおっとりとした鷹揚な人で驚いた。ただ、言葉遣いが恐ろしく上品なことだけは予想通りだった。
また、しばらく後で帰って来た父親、マクシーム・レヴォーヴィチに至っては、サーシャの顔を見、二人の話を聞くと、喜々とした顔で「よくやった!」と言ったものだから、ミーシャはたまげてしまった。
「こいつは勉強はよくできるが、少し大人しすぎるんじゃないかと思っていたんだ。少しは荒っぽいことも経験しておかないと、男としては先々ちょっと心配だからな。君、これからもよろしく頼むよ」
ミーシャにはそう言って握手を求め、親し気に肩を叩いた。
「おい、なんなんだ君ん家…」
呆気にとられたミーシャは、そっとサーシャの袖をひき、小声でそう耳打ちした。
「なにって…どこか変?」
サーシャは濡れたタオルで頬を冷やしながら、やはり小声で訊き返した。
「いや、別に変ってワケじゃないけど、…思ってたのとぜんぜん違うぜ」
「どんな風だと思ってたの?」
「なんか厳格なしきたりみたいなのがあって、家の中がシーンとしてて、親父さんもおふくろさんも怖い顔してるんだと思ってた」
「あはははは…うわ痛ッ…あははははは!」
サーシャは声をあげて笑い出した。笑うと腫れた頬が痛むらしいが、それでも笑い続けている。その声にアントニーナ・キリーロヴナが振り返った。
「なあに? 面白い話なら、私にも聞かせてちょうだいな」
「だって、お母さん、ミーシャったら…」
「わー、よせ! 言うな!!!」
「あははははは…!」
「笑うなよ! すいませんっ、何でもないです!」
ミーシャは真っ赤になって場を取り繕いながら、ふと、こんな風に笑い転げるサーシャを見るのは初めてだと気がついた。いつも愛想よく微笑んではいるが、声をあげて爆笑するのは見たことがなかった。
それも優等生の芝居だったのかな、とミーシャは思った。
たぶんサーシャは、今日かぎりで優等生の「役」を降りるだろう。そして降りた後は、きっと地でいく優等生になるのだろう。そしたら、いずれ学校でもサーシャの大笑いが見られるようになるのかな。クラスの連中がびっくりしそうだ。そう思ったらなんだか可笑しくなって、ミーシャもついに吹き出し、しばらく二人して笑い転げることになった。
サーシャの両親はワケが分からずに顔を見合わせたが、息子が学校の友達を連れてきたのも、その友達と楽しそうに笑い合うのを見るのも初めてのことで、嬉しくもあり、また安心もしたのだった。
作品名:We have been friends since... 作家名:Angie