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BYAKUYA-the Whithered Lilac-2

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 ビャクヤは、これ以上無駄なかくれんぼをしているのも飽きてきた上に、これ以上相手の女を怖がらせるのは悪趣味だと思い、この辺りで下手な演技は止めることにした。
「なーんて。最初から分かってたけどね。みーつけた!」
 ビャクヤは、鉤爪で低木を少し切り裂いた。
「…………っ!?」
 低木の先に、かなり驚いた表情で腰を抜かしていたのは、ビャクヤの思った通り、女だった。
 純白のワンピースに身を包み、腰元まである長い髪をしており、前髪は左に流していた。
「そっそんな。キミは……!?」
 ビャクヤは、ワンピース姿の女以上の驚きに包まれていた。
 女は、ビャクヤの驚き様に、怪訝そうに眉を寄せた。
「あ。ああ……!」
 ビャクヤは、震えながら両膝をついた。
「…………っ!」
 ビャクヤは、ガバっ、と女を抱きしめた。
「ああ! 姉さんっ。姉さん! やっと見つけた! やっぱりここ(この夜)にいたんだ! ずっと探してたんだよ? どこにいたんだよ!」
 ビャクヤは、もう恥も外聞もなく、抱きしめた女の胸元に額を擦り付け、その香りに浸った。
「んん……ちょっ、止めなさい……!」
 突然、訳の分からないことを言いながら襲いかかってきたビャクヤに、女は顔を紅潮させて体をよじる。
「姉さん! 姉さん! そうだ。もう一度顔を見せて……」
 ビャクヤは、女の胸に擦り付けていた顔を一度離した。そして、女の顔を再び見ると、ビャクヤは眉を寄せた。
「って。あれ? 貴女(キミ)。だれ?」
 ビャクヤが離れたかと思いきや、放たれた言葉がこれであり、女は反射的に平手を放った。
「あっ!?」
 パシンッ、と音高く平手を受け、ビャクヤは怯んだ。その隙に、女はビャクヤから距離を取り、乱れた胸元を抑える。
「……いったいなー。何するのさ」
 ビャクヤは、不意の平手打ちを受けた頬を擦りながら口を尖らせた。
「……あんなことをされたら、誰でも何かしらの反撃はするもの。あなたの言葉、全てそのまま返すわ」
 女は、ビャクヤを少し睨んだ。
「あははは。確かに。貴女(キミ)の言う通りだ。ごめんごめん」
 ビャクヤは、笑いながら謝り、立ち上がって女に手をさしのべた。
「立てるかい?」
 女には、その手を取るのは憚られた。
「……また、変なことをするつもりなのではなくて?」
「ははは。まさか。僕は姉さん以外の女の人には興味はないからね」
 発言に危うさを感じるが、女はビャクヤに、能力を悪用して強姦をするような趣味はないような気がした。
 しばらく様子を見るが、ビャクヤは、さしのべた手を引く気配がなく、女は仕方なくその手を取った。
「よっと」
 思いの外ビャクヤは、女を優しく立ち上がらせた。
「あっちにベンチがあるんだ。立ち話もなんだし。行かないかい。姉さん?」
 女には、ビャクヤの意図がまるで分からなかった。
 突然、この世のものとは思えないものを見たかのような驚きを見せたかと思うと、襲ってきた。
 しかしながら、そのまま姦淫に及ぶのかと思いきや、それもしなかった。
 そして何より奇妙なのは、ビャクヤが女の事を『姉さん』と呼び続けていることだった。
「どうしたんだい。姉さん? こんな藪にいたら虫に刺されるよ? いや。虫ならまだマシか。虚無に襲われるかもしれないよ?」
「……たった今、あなたに襲われたばかりだから、私には虚無の方がマシだとさえ思えるわね。それと、あなたさっきから、私の事を『姉さん』と呼んでいるけど、私はあなたの姉ではないわよ」
 ビャクヤは、カラカラと笑う。
「あはは。分かってないなぁ。そんなの僕でも分かっているよ。貴女が姉さんじゃないことくらい。ね」
「あなたは、『この夜』でお姉さんを捜しているのかしら? どうしてこんな所で捜しているのか知らないけど、普通に失踪したのなら、警察にでも行った方がいいのではなくて?」
 またしてもビャクヤは、何が可笑しいのか、笑い声をあげる。
「あははは。全く。姉さんは分かってないなぁ。それができるんなら。とっくの昔にやっているさ。姉さんは。この世界にはいないのさ」
 女は、いちいち小バカにされているような気分に、少しばかり苛立ちを覚え始めていたが、ビャクヤの話を聞いて、ある事を察した。
「この世界にはいない? ということは、あなたのお姉さんは……」
「うん。少し前に事故でね。ずっと一緒にいようって。約束したのに。死んじゃった」
 ビャクヤは、あの日を思い出したのか、顔から一切の笑みが消えた。
「……姉さんが死んでから。僕は生きる意味を失った。だから後を追おうかと思ったら。いつの間にか『この夜』に入り込んでいた。そして人を喰う影。虚無に襲われて死にかけた。その時だったよ。それまでどんなに願っても見られなかった。姉さんの夢を見た。いや。あれは姉さんそのものだった。だから。『この夜』を歩き回っていれば。また姉さんに会えるんじゃないかって。思ってたんだ」
「……それで、あなたのお姉さんそっくりの私を見てあんなことを。そんなに私はあなたのお姉さんに似ているのかしら?」
「うん。生き写しとまではいかないけど。雰囲気や仕草が似ているんだ。今もこうして話していると。より似ている気がしてくるよ。ああでも。姉さんとは全然違うところはあるよ。姉さんは、そこまで厳しい口振りじゃないし。もっと可憐な完璧な女性さ。それに。姉さんの方が胸があったよ。ああ。この姉さんは今はいない方の姉さんであって。姉さんじゃないからね」
 ビャクヤを可哀想な少年なのだな、と思っていた女だったが、彼の余計な言葉で哀れみが消えた。
「はあ……」
 女は、ため息をつくと歩き出した。
「ああ。待ってよ。どこにいくのさ?」
 余裕の表情だったビャクヤだったが、慌てて女を引き留める。
「疲れたのよ。この先に座れるところがあるのでしょう? あなたに少し訊きたいことがあるの。いいかしら?」
 ビャクヤに笑みが戻る。
「なるほどね。それじゃあそこで待っててよ。お茶でもご馳走するからさ」
 ビャクヤは、近くの自動販売機へと向かって行った。
 女は、一人その場に残された。
 このままここを去ってしまおうかとも思ったが、隠れても逃げても、あの少年には簡単に見つかってしまうだろうと考え、それは止めることにした。
 あの少年が果たして知っているかどうかは分からないが、女には本当に訊きたいこともあった。
 今の自分には、戦う術がない。故に妙な真似をしてあの少年の気分を害する事をすれば、今度こそ力で凌辱を受けることになるやも知れない。いや、それだけならまだいい。命を取られる危険すらある。
「…………」
 女は、ひとまず事を荒立てないよう、少年の言う通りにすることにした。『虚ろの夜』にいるのだ。いつ何があってもおかしくない。
 あの少年は、見た目は、目鼻立ち整った美少年であるが、肌は透き通るように白く、眼はどこか果てしなく遠い所を見ているかのように、常に虚ろであり、病弱な印象を受ける。
 さっき襲われかけた事もあり、女はあまりあの少年とは関り合いになりたくなかった。
 ここはもう、賭けに出るしかなかった。穏便に彼から去ることができるか、それとも最悪、殺されることになるか。
作品名:BYAKUYA-the Whithered Lilac-2 作家名:綾田宗