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BYAKUYA-the Whithered Lilac-2

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「あなたとこれ以上話したところで、あの子の情報は得られないと思うのだけど……」
「情報ね。それはもっと話しをすれば何か分かるんじゃないかな。ああ。そうだ!」
 ビャクヤは不意に、大きな声で何か思い出したようなそぶりを見せた。
「そんな大声出して何事なの? 人をわざと驚かせるような真似は悪趣味よ」
 女は、驚きながらも、ひょっとしたらビャクヤが何か知っているのではないか、と淡い期待を抱いた。
「驚かせちゃった? ゴメンゴメン。別にどうってことないよ。ただ。自己紹介してなかったと思ってね。僕はビャクヤっていうんだ」
 微笑を浮かべながら、ビャクヤは名乗った。
 女は、ようやく少年の名前が分かった。そして同時に、ビャクヤという名の由来について考えた。
――ビャクヤ……白い夜と書くのかしら? この子らしい不気味な名前ね……――
 北極圏や南極圏にて、ある一定の時期に起こるという、日が沈まないままの夜。その夜は、日が沈まないために、いつまでも空に太陽があるという。故に、本来黒い空の夜に対して、光があるために白夜と呼ばれているらしい。
「姉さんの名前は何て言うの? やっぱり教えてよ」
「あら、急に品の無いナンパを始めるのね」
「ははは……ナンパね。そんなんじゃないよ。ただ貴女の事をもっと知りたいだけさ」
「それを一種のナンパと言うのではなくて? 残念だけど、今の私には、名乗るべき名前はないわ」
「ふむふむ。なるほどね。何か深いわけがありそうだね。僕も大人だ。あまり深くは訊かないでおくよ」
 意外にもビャクヤは、女の事を根掘り葉掘り聞き出そうとはしなかった。
「それがいいわ。無用な詮索はするものじゃない。特に相手が女性ならなおさら、ね」
「姉さんも同じ事を言っていたよ。人には人のプライバシーってものがある。ってね」
 けれど、っとビャクヤは一つだけ訊ねた。
「姉さんは。あの子? っとかいう人探しをしているんだよね? それもこんな危険な『虚ろの夜』をそんな弱い力で。姉さんは自分のしていることが分かっているのかい?」
 ビャクヤの言葉に、女は反論の余地はなかった。一言一句彼の言う通りである。
「ええ、分かっているわ。でも、私はあの子を見つけなきゃいけない。これは私の使命なのよ」
「ふーん。本当に分かっているのかい? 『この夜』には虚無がうようよしているし、『偽誕者』だって彷徨いている。猛獣だらけのサファリパークを生身で歩くようなものだよ? 本当に分かってるのかなー?」
 ビャクヤは、腕組みをし、眉根寄せながら女を見た。
 終止破茶滅茶な物言いをしていたビャクヤだったが、ここへ来て正論を並べ立てる。女は言葉につまってしまった。
 今ビャクヤの言っていることは、全て正しい。人を襲って喰らう虚無は確かにいる。むしろここは、虚無の住み処、いや、世界とまで言っても過言ではない。
 加えて、虚無の力の一部を受け取って、普通の人ならざるものになった『偽誕者』と呼ばれる者も存在する。
 超常の能力を手に入れた『偽誕者』は、そのほとんどが、自らの力を徒に試そうという者だらけである。
 もちろん例外はあるが、基本的には、『偽誕者』同士がぶつかれば戦いに発展する。それは、命までは取らない喧嘩程度ものから、殺すか殺されるかの命のやり取りまで多岐にわたる。
 それでも女には、ここでやらなければならないことがあった。自らが知らぬうちに傷つけてしまっていた『あの子』を捜さなければならない。
「……今あなたの言っていることは正しいわ。でも、それでも、私にはやらなきゃならない、捜さなきゃならない人がいる。たとえ、片腕を喰い千切られようと、この眼を潰されようと、生きてあの子に会わなければならないの!」
 物静かな雰囲気だった女が、必死の形相で声を上げた。
 ビャクヤは、女の様子に驚いていた。悲壮なまでの決意が、女から伝わってきた。
 ビャクヤは、驚きでしばらく目を見開いていたが、すぐに生気の無い目に戻った。そして特有の微笑を浮かべ、言葉を発する。
「なかなか感動的な話だねぇ。大切な人を失う悲しみは。僕には十分にわかる……そうだなぁ……」
 ビャクヤは、うーん、と何か考えるようなそぶりを見せたかと思うと、とても予想だにしない提案をした。
「そうだ。こうしよう。僕が姉さんを守ろう」
「…………は?」
 感傷に浸っていた女から、一瞬、いやそれ以上の間、一切の感情が消えた。
「な……」
――な――
――に――
――を――
――?――
 女は驚愕のあまりに、言葉さえもまともに紡ぐことができなかった。
 何が可笑しいのか、ビャクヤは微笑みを女に向け続けている。
――何を言っているの、この子は?――
 女は、やっと思考が追い付いてきた。
「どうしたんだい? そんなに難しい顔してさ。僕何か変なこと言ったかな?」
 ビャクヤは、相変わらずニヤニヤと笑う。
「……そうね。あなたの唐突さにも、そろそろ慣れてきた所だったけど、こればかりは頭が理解しきれないわ」
 今度はビャクヤが難しい顔をする番だった。何を考えているのか分かりかねるが、あーでもない、こーでもない、と唸りながら考えている。
 やがてビャクヤは、大きくひと息つき、話し始めた。
「説明するのがめんどくさいんだけど。仕方ないね。姉さんには。今戦える力がない。だけど。この虚無や『偽誕者』のはびこる危険な『虚ろの夜』でやらなきゃならない事がある。それが人捜しと来たもんだ。さぞ難儀なことだろうね」
「……ええ。私だってそこまで愚かじゃない、どれほど難儀な、いえ、命の危険の伴うことをしているのか分かっているわ」
「なぁんだ。分かっているじゃないか。そこでこの僕の出番。と言うわけさ」
 ビャクヤの言葉は、趣旨が欠落していた。
「……そこが分からないところなのよ。何故私があなたに守られなくてはならないの?」
 ビャクヤは、自分の話が分かってもらえていたつもりでいたが、女の返答に眉を曲げて口を尖らせた。
「んもー。全然分かってないじゃないか。はあ……やっぱり。これ以上は面倒だから三つにまとめるよ。いいかい? 一つ。姉さんには戦う力がない。二つ。僕には戦う力がある。そして三つ。僕らはお互いに『この夜』でなにかを探している……分かってくれたかい?」
「まさか、私の人捜しを手伝うつもりでいると言うのかしら?」
 パチパチと小さな拍手が鳴った。
「ご名答。その通り。さっきも言ったけど。『この夜』は猛獣だらけだ。そんなところを丸腰で歩いていたら。いつ喰われるか分かったものじゃない。けれども。ナイフの一本や二本あれば。猛獣とも戦えるでしょ? 猟銃でもあれば尚更心強い……」
 ビャクヤは、右手の親指と人差し指を伸ばし、バーンとね、と銃を撃つようなフリをした。
「それにさ。僕は貴女じゃない姉さんの姿を探す。姉さんはあの子とやらを捜す。利害の一致。一石二鳥。まさに両者勝利(ウィンウィン)じゃないか。まっ。僕にとってはもう一つ得がある。姉さんにそっくりの貴女と一緒にいることで。僕に生きる意味が生まれる」
 女は、だんだんとビャクヤの意図が分かり始めた。
作品名:BYAKUYA-the Whithered Lilac-2 作家名:綾田宗