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章と旌 ( 第一章 第二章)

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そう言うと、平章は頬に付いた汚れを掌で拭って、乱れた前髪を手で、いくらかでも直してやる。平章は弟の顔を、眩しそうに見る。
平旌の表情は、幾らか精悍(せいかん)になり、少し大人になった。知恵や剣術は一端(いっぱし)だが、やる事も言うことも、そこらの子供よりも子供じみていた。早くから期待され、父を手伝う平章と比較されると、より一層、年齢以下の子供にしか見えなかった。
事実、誰がどう見ても、身も心も子供なのだが、平旌は周りから、子供扱いされるのを嫌がっていた。今回の事は、何時までも大人に見てくれない、平旌の大きな反抗なのだと、兄は分かっていた。
こんな事をする事自体が、かなり子供じみている、とは平旌は気が付かない。当の本人は、『物凄い成長を遂げた』と満足気なのだけは、兄にはひしひしと伝わっていた。
平章は、そんな平旌の様子に、ついつい苦笑してしまった。
少しばかり経験を積んで、顔立ちは精悍になりはしても、誰が、何処からどう見ても『子供』だった。
━━平旌が、これに気が付かぬうちは、また、ひと揉めするのだろうなぁ、、、。━━
そんな予感もあった。

「?兄上????、、、。何か可笑しい??。」
「いや、逞しくなったな、、と、ふふ。」
取り繕うように平章が言った。
「へへへ、、。」
満足気に笑う平旌。

あっという間に、長林世子が率いる軍が、この騒ぎを制圧し、敵軍は捕らえられた。
辺りの状況を掌握した東青が、平章の元へ報告に来る。
敵軍の半数以上は捕らえた。
平章は、敵を残らず捕まえろとは、命じていなかった。

長林王府としては、こうして平旌救出に軍を出すのも、正直、憚(はば)かられていたのだ。
身内の救出で、公軍を使うなど、、まず、何処にいるのか、平旌の居所が掴めなかった。そもそも、平旌は誰にも知らせず、黙って動いていた。極秘の軍務でも無い。
平旌失踪の話が、皇宮に聞こえれば、平旌を溺愛する皇帝は、『直ぐにでも大隊を出して救出せよ』と、大騒ぎになるのは目に見えていた。だから居所を掴むまでは、長林王府は、平旌失踪の事を公に出来なかったのだ。
初めは、何処にいるのか、生きているのかすら分からなかった。
簫庭生も、平章も、事の真相を知るまで、苦しんでいた。
撤退し、後々合流した左路軍から、平旌の事を聞き、漸く平旌の行方を突き止めた。
誰と行動を共にしているかは分かったものの、敵軍を躱して逃げ続ける僅か三十名程の小隊の行方を掴むのは、容易なことではなかった。ましてや平旌がいて、進路や潜伏の助言をしているとなれば、尚更だろう。
平旌は、平章にも掴みきれぬような、思いもつかぬ、奇異な作戦をとるのだ。
小さい頃から平旌は、常々、人の裏をかくような子で、平章の友、筍飛盞と手合わせしたりする時は、腕も体格も違いすぎる飛盞と、真っ当には敵わぬものだから、奇襲作戦で引き分けたりするのを何度も見ていた。
『見つからぬのは生きているからだ』、父庭生も平章も、そう心に言い聞かせていた。しかし四十日、五十日と日が経つにつれ、皆、口には出さぬが、王府は絶望の闇に襲われていった。

そして漸く、平旌達の尻尾を掴んだのだ。
隠していたはずの皇帝にも、話は漏れて伝わっていた。『遠慮なく軍を使え』と言われたが、長林王府の私軍を率いて救出へ向かった。
私軍を使うものの、『長林王簫』家の軍旗だけ使わせて貰えるよう許可を取った。『みずくさい』と、皇帝は眉をひそめたが、平章たっての願いだった。
平章は、朝臣等からの、長林王府への風当たりを、良く知っていたのだ。兵士でも無い平旌を救うために、公軍を動かしたら、朝臣から何を言われるか分かったものでは無い。
皇族の為にも、長林王府の為にも、平旌の為にも、この救出が諍いの火種になってはならないのだ。

長林王軍の勇猛さは、周辺国でも知られている。
『長林簫』の軍旗を見れば、敵軍は戦意を無くし、平旌達を助けやすくなる。軍旗程度ならば、、、梁の兵は使わぬのだ、朝臣も大目に見よう、、。
苦肉の策だった。

状況は収束し、捕虜を連れ、王府の私軍と兵らは、左路軍本営へ、平章と平旌と私軍のごく一部は、長林王府へ帰還する事になった。
いざ帰る段になって、平旌の様子がおかしいのに、兄が気付いた。
「平旌?、どうした??。帰るぞ。みんな待っている。」
「えーっと、、あの、、、左路軍の哥哥達と、一緒に左路軍本営へ、行ったら駄目かな、、。ちょっとだけ、、。」
もじもじと下を向いて話す平旌。
「、、、、、、、?。」
平章は眉をひそめた。
「せっかく仲良くなったし、共に色々苦労したし、、その、、別れ難いというか、、。」
「、、、、、。」
「左路軍本隊に戻るにも、、、ほらあの、、、はぐれちゃったりしたから、、色々撹乱して逃げ回ったから、ちょっとは私も責任感じるっていうか、、、。
左路軍には、自慢の野営飯があるんだって。凄く美味いんだって。私にも食べさせたいって。、、食べてから帰ろうかな、、。良いでしょ?、兄上。」
平章には手に取るように弟の心が分かり、笑い出したくなるのを堪えていた。
平旌は王府に帰りたくないのだ。平旌は、黙って行動した。帰れば間違いなく、父に叱られる。
黙っていると、いくらでも平旌から、言い訳が出てきそうだった。
「平旌、家に帰るのが嫌なのか?。」
「、!!、、、ぇ、、と、、、あの。」
平旌は、図星を指されて、ぐうの音も出ない。
「、、あの、、、、、、怒ってる?、、、、父上は。」
「ああ、凄く。」
「、、、、、、、、だよねやっぱり。」
平旌はしゃがみこんで、頭を抱えてしまった。
「何て怒られるだろ、、、、一年くらい外出禁止かな、、、まさか出家しろとは言わないよね、、。」
「どうだろうな。もっと酷いかも知れぬぞ。」
「、、うそ、、、。」
平章は側にゆき、左手で平章の頭を撫でてやる。
「謝るしかないだろ?。母上なんか、心配し通しで、毎日寺通いだったぞ。父上だってそうだ。本来なら自分が救出したいだろうに、立場上動けないのだから、、。
父上のそういう心を、一人前の男ならば、少しは理解しろ。」
平旌が顔を上げると、不安で顔が歪んでいる。
そんな顔が、平章は、可愛らしく思えてしまうのだ。どれだけ平旌が背伸びしようと、結局はまだまだ手のかかる子供なのだ。
「平旌、私も謝ってやるから、、、な、、帰ろう。皆、待っているのだ。」
泣きはしないが、本当に不安そうで、平旌は、じっと縋(すが)るように見つめ返してくる。
━━いつまでもいつまでもきっと、平旌はこうだろうな。━━
大変な経験だったのだろうが、平旌の薬になったかはよく分からない。
父庭生とそっくりな目で不安を訴える。
平章は、弟が、こんな風な心を見せるのは、自分にだけなのだろうと、他の者には、必要以上に肩肘張って、どれだけ怖くても、絶対にそんな気持ちを見せはしないのだ。
「大丈夫だ、私もそんなに酷いことにならぬように、一緒に謝ってやるから。」
平章はそう言うと、頭を撫でていた左手を、そのまま頬に、、、。四〜五才の頃から、悪さがばれては、平章の陰に隠れてた。何年、経とうが、何も変わらない。