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章と旌 ( 第一章 第二章)

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『兄が一緒に謝ってくれる』、そう、希望が持てたから、大人しく正座して、何度かどやされながらも、二刻もの父親の小言に、耐えられたのである。
、、、、なのに兄は、自分を庇ってくれる素振りもないのだ。
平章が取り成してくれて、父親から叱られるのを何度も免れた。平旌の話は耳を貸さないが、兄の言葉には心を傾ける。今回だって、さっさと兄が取り成してくれれば、これ程怒られはしなかったのに、、、そんな恨み言も、じわじわと、心に湧いてきたり、、。
、、、平旌は、じっと耐えるのも、だんだん辛くなってきていた。
「軍という物は、将軍の子を助けるために存在しているのでは無いのだ。分かるか?。」
──さっきも聞いたし、、、。──
「勿体なくも、陛下はお前救出に、軍を出して下さると言って下さったのだ。もし陛下の言う通りに、長林軍を出してお前を救出に向かったならば、、、、お前の救出で、軍の誰かが戦死してしまう事があったならば、陛下や兵の親族に、どれ程申し訳ないことか、、。陛下は軍の事をよくご存知なのにも関わらず、お前の救出に軍を貸すと、、、。
、、、、、、、陛下、、、、我が愚息めの為に、、どうして軍を使えましょう、、、。」
皇帝の称号に拱手して、感慨深く、天を仰ぐ長林王。
──使ってくれたら、もう少し早く、皆、安心出来たのに、、。
陛下が使えって言うのになんで使わないんだ。私だからだろ?。
兄上が私みたいな事になったら、、きっとその時は、、、、。──
「平旌!、聞いているのか?!。」
──しまった、下を向き過ぎた、、。──
「分を弁(わきま)えねばならぬ。陛下に我ら王族の事で、煩わせてはならぬ。例え陛下に『良い』と言われてもだ。、、、、、お前はいつも陛下の言葉をそのまま捉えて、まったく、小さな子供であるまいし、、この分別が付かぬうち、どうしてお前を大人として扱えようか、、、、。」
そこを言われて、平旌の何かがプツンと切れた。
「、、、、どうせ、、、私は、、。」
絞り出すように、平旌は言葉を吐き出す。
「平旌!。」
平章も気が付いて、低い声で平旌を宥(なだ)めようとした。少しまずい展開になる、咄嗟にそう思った。
『子供』扱いして欲しくない平旌にとっては、地雷のような言葉だったのだ。
「どうせいつまでも子供だ!。何をやっても叱られるんだ、私は。」
「何だと?!。」
「平旌、止せ。」
「、、左路軍本隊を助けたのに、、私はそんなに役立たずだったの?!。王府の兵を危険に晒したって言うけど、私の行動で、助かった命だって、沢山あったはずだ!!。、、、そりゃ、、助けてくれて感謝はしてるけど、、。」
父親は、平旌が返したその言葉を聞いて、机の上の竹簡を平旌に投げつけた。平旌には当たらなかったが、竹簡は派手な音を立てて、竹簡を繋げていた糸が、切れてしまった。
「父上。」
「あなた。」
平章と母親は、父親の怒りに、その場に伏したが、平旌は俯(うつむ)いてじっと座しているだけだった。
「、、、己の行動を讃ぜよというのか、平旌!!。」
「、、、そうではなくて、、。」
「では何だ?、どこがちがうのだ?!。」
「、、、、、、。」
そういう風に捉えられてしまったら、何もいうことは出来ない。平旌なりには、もうこの場から解放して欲しいだけで、『軽率な行動で怒られるのは当然だが、、、、いい面もあっただろうから、怒りを差し引いて欲しい』ただそれだけの考えなのだ。
「これ程、私が言っても、分からぬようならば、どのように叱っても無駄であるな、、、。」
「父上、平旌はよく分かっています。私がよく言い聞かせておきますから、、。」
平章の言葉が、届いているのかどうか、、、父親は目を瞑って、暫し黙して、何かを考えている。

長い沈黙の後、父親が口を開いた。
「平旌、息子が、軍を出すほどの騒ぎを起こして、不問に伏しては、梁の大軍の指揮を任されている私としては、示しが付かぬ。
、、、分かるな?。」
「、、、、、はい。」
「、、棒打ち二十回。、、、、良いな?。」
「、、、、、はい。」
平旌が小さく頷いた。
「、、、うむ。平章、平旌を棒打ちにせよ。良いな。」
「私が、、、、。」
不本意そうな平章の声。
父親は急に困った顔になり、眉を顰(ひそ)めて、『早く行け』とでも言うように、平旌と平章に向けて、手をひらひらとさせる。
平章は小さくため息をついて、平旌に合図をする。
二人は父親に向けて拱手をした。
「、、、行こう、平旌。」
平旌は平章に助けられて立ち上がる。
怒られる時以外に、こんなに長く正座したことは無い。足が痺れていた。
平旌はよろめくのを、兄に支えられて、父親の居所を出た。

居所に二人だけになると、長林王は大きな溜め息をついた。
「あなた、、、。」
「、、ああ、、。」
『心配するな、大丈夫だ』とでも言うように、長林王は王妃に手を振った。
「、、、、ようやく、いつもの日常が戻ってきますわ。」
「ああ、そうだな。、、良かった、無事で。皇宮に参内して、陛下にお礼を申し上げねばな。」
「そうですわね。陛下にもご心配をかけてしまって、、、。平旌は皆にこんなに思われて、幸せ者ですわ。なのにあの子ときたら、、、分かっているのかしら。」
「全くだ、陛下には他にも憂う事が山積みなのに、申し訳なくも、平旌の事まで、、。私は親不孝者であるな、、。」
「私は皇宮という所が、正直、好きではないのですが、、この度の件は、旦那様と共に参内して、私も陛下にお礼を申し上げますわ。」
「む、、そうしてくれ。」

暫く、二人、雑談していると、離れの方から平旌の叫び声が聞こえてきた。平旌の部屋の方角だ。始まったのだろう。
「ひとつ、、、。」
父親が数え始めていた。
「また、派手な叫び声だな、、。平章はまともに打ち据えているのか?。、、、、、、ふたつ、、、。」

父親が六つを数えると、ばたばたと、この屋敷の従者である、周老人が飛び込んで来た。
「旦那様、奥様、、、止めさせて下さいまし!。あれじゃ次子様が死んでしまいます。平章様は酷く打ち据えておいでです。、、、王府中に、次子様を打つ音が響いております。どうかどうか、、、。」
そこまで言うと周老人は、居所の入り口でひれ伏した。
「ん?、声は大きいが、、、そうか?、、、そんなに響くか?。」
「旦那様、何を悠長な、、、早く止めなくては、、。」
「いいのよ、周さん。平旌は周りを巻き込んで少し騒がせ過ぎたわ。平章は心得てるから大丈夫よ。そう酷いことになりはしないわ。」
「奥様まで、、、。」
周老人が呆気にとられている。
「周さん、平章は利き手を怪我したらしいぞ。さっき見たところ、まだ腫れているようだ。手を怪我してる平章が、歩けなくなるほど、平旌を打てるものか。平旌はそこらの子より、身体が丈夫な子だ。数日したら馬にも乗れるだろう。
あの叫び声は、少し大袈裟だ。平章がさせているのだろう。派手なら派手なだけ、周囲でも長林王府の厳しさが分かるだろう。騒ぎを起こせば、息子でも許されぬ。」
「あら、だから平章に棒打ちをさせるんですの?。私はてっきり打ちたくないから、平章に押し付けたのかと、、、。」
「コラ、、、、、王妃、そうではない。」