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章と旌 ( 第一章 第二章)

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長林王は『しっ』と、人差し指を口に当てて、『もう黙っているように』と促した。
「あらやだ、、。」
二人顔を見合わせて笑い合った。
周老人はポカンとしていたが、徐々に飲み込めてきたようだ。
「十二、、、、、、、十三、、、、。」
しばらく待っても、それ以上平旌の声は聞こえなかった。
「十三、、、そんなものだろう。終わったようだぞ、周さん。二人に水と、平旌に傷薬でも持って行ってくれ。」
「はい。」
母親が溜め息混じりに、愚痴をこぼす。
「それにしても平旌ったら、、、怖いもの知らずというか、、自由過ぎるわ、、、。もう今回の件で、つくづく私はあの子の躾にお手上げですわ、、。全く、あの子、、誰に似たのかしら、、、。」
「、、、、。」
「、、、、。」
居所を去ろうとしていた周老人と、目を瞑っていた父親が、同時に母親の顔を見る。
「あら?、、何?、、どうして私の顔を見るの??、何か付いてる??。」
母親が頬を触って確かめていたが、何も付いてはいなかった。



「へへへっ、、、こんなもんかな。」
王府の平旌の部屋で、丸めた布団を前にして、棒打ちの棒を手に持ち、部屋の主は笑っていた。
平章が平旌の尻を棒で叩いているのかと思いきや、実は平旌の布団を丸めて、平旌が叩いていた。
兄からは、
一、王府の中外にも充分聞こえるように、痛がる事、
二、なるべく叩く音は響かせた方が良いが、平章の右手が使えないのを頭に入れて叩く事、
この二つの注意事項が伝えられた。
棒打ちは平旌の部屋の中で行われた。戸口も窓も閉められて、外からは見ることが出来ない。
平章は、長林王の命に、背いた事が無い。その事を知る、王府の人間なら、まさか棒打ちの罰を、平旌一人で演じているとは、思わないだろう。
可愛がっている弟を、平章はきっと泣きながら、棒で打っているのだろう、長林王府は身内にすら厳しい所なのだ、王府の従者達が、そんな噂を外部に流してくれれば、万々歳であった。

「兄上、こういう事だったんだね。見捨てられて、助けてもらえないがと思った。」
「、、、いや、まぁ、成り行き上と言うか、、。だが、お前にしては長い時間、大人しく叱られてたじゃないか。父親は言い足りないようだったが、、、、少しは、お前が懲りたと、思ってるんじゃないか?。」
「ふふふ、、、。」
「ん?、、、懲りてないのか?。ホントに私が打てば良かったか?。私はもう、今回のような事は懲り懲りだぞ。何なら、今から私が、お前を打つか?。ほら、棒を寄越して横になれ、うつ伏せで。」
「え、、いやだよ、、、懲りた!!!懲りたよ!!!もうしません。もうしないよ〜〜。
兄上は、左手だけだって力があるもん。痛いに決まってる。」
「もう、黙って、勝手な行動を、しない事だ。軍に属してたら、こんなもんじゃ済まないぞ。」
「はい、もうしません。しないよ、なにかする前に、兄上にだけは、正直にはなすから。」
「そうじゃなくてな、、、、。」
急に兄の顔が穏やかになる。やっと、長い緊張から解き放たれたような、安らかな表情になり、優しげな視線を平旌に向けた。
「本当に、皆、どれだけ心配したか、、、。
、、、、、もう会えないかと、諦めかけたのだぞ。、、平旌の行方が掴めなくて、ずっと、生きた心地がしなかった。自分が、戦場で戦っている時よりも、ずっと怖かった。
この思いは、私だけでは無い。
、、お前が居ないと、、まるで、王府の火が消えたようだった。
父上と母上は、ああ言っているが、寧ろ言い足りない位だ。どれ程お前の事を案じていたか、、、。
父上は本当は、自ら、お前を探しに行きたかったんだ。だが軍務が山積みで離れられない。どれだけ歯痒い思いをしたか。
騒ぎになるからと、この件は内密にしていたんだ。だが、どこかから漏れるもの。いつの間にか、陛下や元啓の耳にも入っていた。
あの元啓が力になりたいと、剣を持って救助に加わるつもりだったぞ。」
「元啓が、、、。」
「そうだぞ、どれ程心配していたか、、。後で会って、礼を言っておけよ。良い従兄弟じゃないか。元啓は弱くなんかない。勇気もある。経験が足りないだけなんだ。元啓だって、もう少し大きくなれば、世の中を見る機会もあるだろう。」
「うん。」
「元啓は親孝行なのだろう。母親が側から離したくないのだ。母一人子一人だからな。母親の言い付けを守っているのだ。」
「うん、、まぁ、、叔母様が心配するからって、何も出来ないんだ。でも、元啓、外を見てきたいって言えばいいのに、自分の為になるのに、なぜ言わないんだろう。言えば叔母様だって行かせてくれるよね。ウチなんか何にも言わないよ。」
「ぷっ、長林王府と比較するなよ。、
元啓の母親は、元啓に何かあったら、一人残されてしまうだろう?、だからさ。來陽王府に一人で過ごす、母親の寂しさが分かっているから、元啓は言い出せないのだ。元啓の優しさだ。
それにこの長林王府だって、他の王府から見たら、かなり特殊なのだ。王族とは言うものの、養子であり、生粋の武門の家だ。陛下の血筋の來陽王府とウチとは比較できない。」
「ふ〜〜〜ん、、、。」
「ウチどころか、お前がかなり特殊なんだ。外に出たら出たままで、家に帰ってきやしない。父上や母上が、お前に何も言わないから、心配してない訳では無いんだぞ。」
「えっ、、、そうなの?。」
「父上や母上は、お前が家に居ないから言えないだけで、私がどれだけ愚痴られてるか、、。外で何をしてるか、父上には、逐一知られてるぞ。」
「えっ、、、嘘、、ほんとに?。なんで?どこから??。」
「目立つからなぁ、、お前はやる事が。見られてないと思ったら大間違いだ。」
「、、、、、。」
「だから、言動にも、行動にも、気を付けねばならないんだ。父上が私達の事で、あれこれ言われないように。」
「、、、、そんなに、父上の立場って大事なの?。」
「ふふ、、そうさ。父上が思っている以上に、重要で、責任が重いのだ。父上自身が、国境の守りの象徴なのだから。父上が失脚したり、体を害し突然いなくなったら、北の国防は崩れる。跡目を継ぐ適任者を立てても、梅嶺の軍営を、立て直すにも時間が掛かる。そこを近隣国、、、特に大渝に突かれたりすれば、梅嶺は破られる。父上が健在でいる事が、北の軍備には大切な事だ。
今後は更に、責任が重くなるかもしれない。皇族も朝臣も、時と共に流れが変わってくる。
どれ程時が経ち、朝政の流れが変わろうと、長林王である父上が健在ならば、近隣諸国の侵略を防げるのだ。、、、、分かるか?。」
「ふ────────ん。」
一応、兄の話は聞いたものの、、平旌の心、ここには無し、、。
兄が言ったことは、十分、平旌には理解が出来る。理解は出来ているが、興味はなかった。
朝廷のそんな事は、江湖の人間には関係が無いからだ。『まぁ、覚えていれば、江湖を渡り歩く上で、幾らかの役には立つだろう』、その程度だった。
王府の人間は皆、『長林王府で、兄弟で共に父親を助ける』と、当然の事のように考えているが、平旌の頭の片隅にも無い。