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章と旌 ( 第一章 第二章)

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何せ、容姿端麗、頭脳も明晰、判断力に置いては、この平章の年頃では群を抜いている。『立派な兄が居るから、自分は好きな事をしても大丈夫』、そんな楽観的な考えしかない。いずれ、兄の下で、王府や梁を支えるにしても、遠い遠い先の話で、、、将来、王府や梁の中で、どうなりたいとかは、全く眼中に無かっなかった。
『自分は自由の世界に生きる』そう決め込んでいるのだ。平旌は、自由の江湖の為に、その日の為に、平章の友、筍飛盞の元にせっせと通い、剣の腕を磨いているのだ。
一体、誰から江湖の事など、入れ知恵されたのか、平章にすら、見当がつかなかった。
「平旌、、お前、分かってるのか?、自分の立場。」
「分かってるよ〜、長林王府の次子様でしょ、凄い兄上を持ってる。私は幸せ者だ〜〜。」
平章はその言葉に深い溜め息をついた。
「、、、、、何だか、、、、、サキガオモイヤラレルナ、、、。」
「えっ、何で?、、何で兄上?、私の何が思いやられるの?。」
平旌が平章の側まで来て尋ねる。ふふふ、と、平章が笑った。
平旌の気持ちが、分からなくはなかった。ずっと前から言っていたのだ、江湖の剣侠と。
父親は、皇帝の血を分けた人間では無い。生粋の王族では無かったが、それでも皇帝は、父親に王族の地位を与え、国を守る使命を与えた。
その元に生まれた子もまた、国を守る者として、生きねばならぬのだ。
だがこの弟は、この年で、そんな使命とは違う、やりたい事があるのだ。
決して、軍務や王府の任務が嫌な訳では無い。それはそれで、素晴らしい志なのだろうが、、、。
兄としては、弟の問題と言うよりも、自分の問題の方が大きかった。誰にも明かせぬ心の内。『世子』という立場から解かれたら、幾らかでも苦しさが軽くなる。兄は、『長林世子』はこの平旌がなるべき立場だと、ずっと思っていた。
「まぁ、、、お前らしいのかな、、それが。、、、私はそれじゃ困るんだが、、。」
そう言って、側まで詰め寄ってきた平旌の頬を撫で、乱れた髪を直してやる。平旌は、不思議そうな顔をして、兄の顔を覗いている。
「、、、兄上は、、兄上は、私が長林王府を出てしまったら、困る?。」
真顔で平旌が尋ねた。
「困る。」
真顔で兄が即答する。
「え〜〜、私が、、、困る、、、、。」
本当に困った様な顔で、平旌が言うので、平章は吹き出してしまった。
そして二人で笑い合った。

「平章様。」
戸の外で、周老人の声がする。
平章は、平旌が立ち上がろうとするのを止め、自分が戸口へ行き、戸を少し開く。
周老人が、水と傷薬を盆に乗せて、持って来たようだった。
平章が受け取ると、老人は心配そうに部屋の中を伺っていた。
━━平旌の様子が心配なのだな。━━
平旌と、この部屋に入った時にも、庭にいた周老人に、心配気な視線を向けられていたのに、兄は気が付いていた。
周老人は、平旌を可愛がっている。
冷徹な一面を持つ平章が、王府の次子に酷いことをするのではないかと、やりかねぬ、と、気が気では無かったのだ。
その平章の冷徹さとて、決して自分だけの為では無く、自分の大切な者を守りたいだけなのだが、王府内でも、平章のそんな一面の、裏の心を知るのは、父母と弟、平章の親衛、東青位だろう。
老人は二人の茶番に、まんまと騙された一人だろう。
平章は、周老人の気持ちを察して、少し体をずらし、老人に中を覗かせてやった。
座って、周老人に笑顔を向ける、元気な平旌の姿を見つけた。
『ああ、打たれてはいなかったのだ』と、驚きと安心が、老人の顔に現れるのが分かった。
「、、、周さん、内密に、な。」
老人は、いつもよりも深々と、平章に頭を下げた。
平章は戸を閉める。

「ほら。」
平章は、自分の分の水を飲み、平旌に盆ごと渡した。
「え?、必要無いよ?。」
「塗っておけ、薬の匂いがしないと、バレる。」
「えっ??、塗ってくれないの???。」
「馬鹿、自分で塗れ。」
笑いながら平旌は薬の蓋を開け、中身の匂いを嗅いだ。いつもと同じ傷薬。
ふと、別の事が、平旌の頭に浮かんだ。
「、、、兄上、、ちゃんと傷の手当てしてる??。兄上の右手からは、あまり薬の匂いがしないんだけど、、、。なんだか腫れがひかないね。」
「あぁ?、、、そうえいば、、、今日は忘れたかな?。」
「ぇぇぇ、駄目じゃん!!、獣の傷はちゃんとしないと、後が大変だよ!!。私がしようか??。、、慣れてるし。」
「はは、、年中、生傷が絶えないお前だからな。ふふ、名医だな。」
平旌は兄の右手を取った。
「ぁ、、っぅ、、。」
平旌が触ると、兄は痛がった。そんなに、強く握ったわけでは無かったのだが。
「兄上、、腫れてる、、、。」
「ん?、、、、、。」
「兄上?、医者に診せてる?。」
「軍医には診せたが、、、色々慌ただしくて、ここ暫く診せていないな。幾らか、雑菌が入ったのかもしれぬな、、。」
「え?、大変だ!、金陵に戻ったんだもん、済風堂の黎堂主にでも診てもらった方が、、。」
「大丈夫だ、済風堂で診てもらったら、黎堂主から、私の不養生が、父上の耳にも入ってしまう。私も怒られたくは無いしな。またお前に、とばっちりがいくかもしれないぞ
軍医に処置法は教えられている、薬材は貰っているのだ。平旌を逃がさずに、王府に連れ帰れたし、ひと段落着いたから、治療に専念するさ。後で、東青に傷を洗ってもらう。心配するな。」
「、、元々は、私のせいでこうなったんだ、、。兄上、治療を私にさせて。」
「馬鹿だな、お前は私に打たれて、起き上がれないんだぞ。忘れたか?。折角、一芝居打ったのが、無駄になるじゃないか。」
「あっ、、、、。」
平旌は、『兄の力になれない』と、、しゅんとしてしまった。
「大丈夫だ。家に帰って来たのだし、金陵ならば薬剤の調達も楽に出来る。いよいよ、傷が手に負えないと思ったら、早めに済風堂に行くよ。」
「うん、、早めにね。絶対だよ、ほんとだよ。」
「分かった、分かった、分かった。」
心配そうに眉を顰(ひそ)める弟の顔。
『本当に行くかな、、』と、兄を疑っているのが分かる。
「大丈夫だ、信用しろ。私だって、利き手がこのままじゃ困るんだ。」
「ははは、、それもそうか。」
平旌は納得したようだ。
「兄上、しばらく、筆も持てない?。私が手伝うよ。この部屋で雑務をしたらいいよ。私を見張るって言えば、きっと皆そう信じるよ。」
「ん?、そうだな。そうしてもらうか。だが、数日は一人で寝ていろ。」
「はい、兄上。」
「、、、?、嫌に返事が良いな、、。大丈夫なのか?、どこにも行かず、この部屋に居るんだぞ?。じっと寝てるんだぞ?。」
「え───、大丈夫だよ。、、、多分。」
「芝居してたのがバレたら、私もお前も困るんだからな。そこの所は頼むぞ。」
云、云、云、と、何度も頷く平旌。
「尻を打たれて、痛くて動けないんだからな。」
「はい。任して!。」
「、、、、、、何だが、、軽いな、、平旌。」
「えー、、ちゃんと反省してるよー。」
「、、、、、それにしても、何で、本隊と一緒に帰れなかったんだ?。あの状況ならば、お前はちゃんと甘州まで、戻って来れるはずだ。」
「、、、ぇ、、、と、、、別にそこは、追求しなくても、、。」
「何でだ?!。」
「、、、、、、、。」