『掌に絆つないで』第四章(前半)
Act.09 [コエンマ] 2019年11月6日更新
それほど長い時間を要することもなく、四人は冥界から戻ってきた。
蔵馬の無事を確認してほっと一息ついたコエンマだったが、彼はこの後の任務を思ってその表情を曇らせた。
「ごくろうだったな、幽助、飛影、蔵馬……、それに桑原」
ねぎらいの言葉を聞きながら、幽助の視線はひなげしの水晶に注がれていた。
水晶は今も、その中心に赤紫色の光をゆらめかせている。
「お前とはもう一度会える……そんな気はしていたが、本当に実現するとはな」
力なく笑うコエンマの正面に、桑原は進み出た。
「いっぺん死んでるんだ。今さら何も怖がりゃしねえよ、一気にやっちまってくれ」
そう告げる桑原を目で追って、幽助の茶色い瞳が大きく揺れ始めた。
「わかってるぜ、オレの中で暴れだしそうな力が眠ってる。早く封印しねェと大変なことになるんだろ」
冥界玉に関する詳細を何も知らされていない蔵馬も、別れの気配に気づいて戸惑う。
「…桑原くん……」
対峙する桑原とコエンマを見比べた後、桑原の傍らに駆け寄って、その名を呼んだ。
自分自身が気づかないほど心の奥深く、それでも強く呼び続けていた仲間との再会。それを実感するよりも早く宣告された別れに、対応し切れていない様子だ。
「蔵馬」
自分の隣で複雑な表情を見せる仲間に、桑原は優しく笑いかけた。
「墓参り、いつもありがとな」
蔵馬と記憶を共有した桑原は、彼が命日以外も墓を訪れてくれていることを知っていた。
ひとり、墓前に語りかけるでもなく、花を入れ替えては静かに手を合わせる。すでに数え切れないほど、その行為は繰り返されていた。そのため、桑原の墓前は彼が埋葬されて以降ずっと、花を絶やすことはなかったのだ。
「こうしてもっかい皆の顔が見れたのも、おめェが蘇らせてくれたおかげだし。感謝してるぜ。だから……」
蔵馬の肩をぽんぽんと優しく叩きながら、「そんな顔すんなよ」と桑原は困ったように笑った。
「コエンマ」
低い声が自分の名を呼んだ。声の方向に目を向けると、飛影がこちらにゆっくりと近づいてきた。
そしてコエンマの傍らまで来ると、「雷禅の塔にもうひとりいる」とつぶやくように告げられた。
ようやく母親の居所を教える気になったらしい飛影。その唐突な心境の変化に違和感を覚えたが、次の言葉ですべて理解した。
「……そこに、雪菜もいる」
飛影の意図は理解できたものの、コエンマは彼の思いがけない行動に多少戸惑った。
自らの肉体が封印されれば、桑原はまたこの世からいなくなる。出来ることならその前に、対面させてやりたい少女がいる。彼が生涯、叶わぬ想いを抱き続けた氷女、雪菜だ。桑原自身がそれを強く望んだとしても、不自然ではない相手。
ここにきて、まさか飛影が桑原の本音を思いやってやるなどとは、生前の彼らの関係からは考え難かった。
だが、飛影は自ら申し出るようなタイミングで、雪菜の居所を告げてきたのだから、決して自分の思い違いではないだろう。そう確信して、コエンマは改めて桑原と向き合った。
「桑原。一度雷禅の塔へ行ってくれ。ワシはここの結界を修復してから、そちらへ向かう」
「ん? ああ、わかった」
コエンマと飛影のやりとりは知らないまま、桑原は素直に頷いた。それを確認したコエンマは、次に幽助へと視線を送った。
「幽助、お前は人間界へ行け」
にわかに命令を下された幽助は、コエンマの意図に気づいて目を伏せた。
「ぼたんから事情は聞いた。こちらから出向くから、お前は雪村螢子と人間界で待っておれ」
コエンマの言葉に、蔵馬と飛影の二人は同時に振り返る。視線の先には、唇を引き結んで俯く幽助の姿。
「桑原とは、ここで最後だ」
飛影の願いで、雪菜と桑原が対面する時間を与えたからといって、幽助にも平等に時間をくれてやるわけにはいかなかった。
結界を修復すれば時間稼ぎくらいはできるだろう。それでも、いつ何が起こってもおかしくない危うい状況には変わりないのだ。
幽助は、コエンマ自身が霊界探偵に任命した男。彼が与えられた試練に打ち勝つことを、ただ信じて待つことしか選択肢はなかった。
冷たく命令を下したコエンマは、無意識に拳を握り締める。
…雪村螢子との別れは、幽助自身で乗り切らなくてはいかんのだ。
掌にくい込んだ彼の指先は、人知れず赤く染まっていった。
作品名:『掌に絆つないで』第四章(前半) 作家名:玲央_Reo