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『掌に絆つないで』第四章(前半)

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Act.03 [幽助] 2019年10月21日更新


「幽助」

どくん、どくん、どくん……。
脈打つたび血管がはちきれそうな感覚に、痛みさえ感じた。
息苦しさで呼吸をしていないことに気づかされる。理性と本能の区別を忘れたかのようだ。
振り向いてはいけない。振り向けば、後戻りが出来なくなる。
そう感じながらも確かめずにはいられなかった。
幻聴ではない、自分を呼ぶ声の主。それを振り切ることなど、幽助には出来るはずもなかった。
おそるおそる声の方向へと移される視線。最初に目に入ったのは、柔らかそうな髪。それから、中学の制服だった。
まだ十代の頃の姿で、雪村螢子は幽助の斜め後ろに立ち尽くしていた。
『潜在意識は自分では見えない』
ひなげしの忠告が蘇る。だが、幽助は瞼を閉じて俯きながら、心の中でひなげしの忠告を否定した。
違う、わかってた。
自分が無意識に誰を呼ぶのか、幽助にはちゃんとわかっていた。自覚していたのだ。ただ、今はそれを望んでいないはずだった。螢子を蘇らせることは、彼のエゴイズムでしかなかったからだ。
会いたかった。違う、会いたくなかった。望んでいた。でもそれは、今じゃない……。
「いま幽助が思ってること、当ててあげようか」
明るい螢子の声に、幽助は勢いよく顔を上げた。
改めて確かめてみても、目前にいるのは桑原ではなく螢子。その事実が、彼に重くのしかかった。
「なんで螢子なんだよ?って思ってるでしょ。蔵馬さん助けるために、桑原くんを探しに来たんだもんね」
凛とした響きの中にも柔らかさの残る、螢子の声と口調。
長い間離れていたけれど、長い間聞き続けていた声でもあった。なんの違和感もなく受け入れようとする自分と、現状に戸惑う自分とがぶつかりあって、幽助はかすれた声で聞き返す。
「……なんで、知ってんだ?」
頼りない幽助の瞳を真正面から受けて、螢子は小さな子どもに言い聞かすように、ゆっくりと応える。
「幽助に呼ばれたとき、幽助の記憶が私に流れ込んだの。全部よ。幽助が生きている間の記憶、全部」
オレの記憶……。
幽助はぼんやりと螢子の言葉に耳を貸した。
「だから今の状況も知ってる。あんたが望んでたのが私の復活じゃないってこともね」
危険だと周囲に止められながら、『桑原を復活させて蔵馬を救い出す』と息巻いた。結果は失敗だった。このことを、どんな顔をして報告すればいいのか、幽助にはわからなかった。そして、復活した螢子を前に、罪悪感が押し寄せた。
オレは飛影の気持ちも蔵馬の気持ちも、ほんとは何ひとつ……わかっちゃいなかったんだ……。
ゆっくりと近づいてくる螢子。手を伸ばしたら、すぐ届くところにいる。抱き寄せれば、温かい感触があるだろう。夢にまで見た、夢のような出来事が、現実にある。
「あいつらは苦しんでた……。オレはそれを……あいつらを救ってやれると思って……。なのに………」
呟きながら目を伏せていく幽助。自分より少し背の低い螢子が、視界から外れないほど近づいた。その直後、乾いた音が響いた。左頬に焼け付くような痛みが走り、視界から螢子は消えた。
「幽助、あんたが弱音吐いてどうすんの!?」
不意打ちに、怒鳴りつける螢子の表情を幽助は呆然と眺めた。
「自分が蔵馬さんを助けるって言ったんでしょ! 男なら有言実行! 早くコエンマさんたちのところへ戻りなさいよ!」
「螢子……」
殴られた頬が疼きだした。ぐっと食いしばった歯の間から、幽助は絞り出すように言葉をつむぐ。
「…行きてェけどよ……、行けねェんだよ! 桑原の次元刀がねェと……っ、オレは……オレだけ行ったって…どうすることもできねェよ!!」
握りしめた拳。その上に、柔らかい手が被さる。
「あんたはいつも、いつだって、奇跡を起こしてくれたじゃない」
螢子は幽助の手を胸の前に引き寄せながら、続けた。
「今回だって大丈夫。幽助はきっと蔵馬さんも、人間界や魔界も救えるわ」
「なんでそんなこと言えんだよ…救うためにやったことが……飛影や蔵馬の二の舞じゃねェか……」
母親を霊界に渡すまいと姿を消した飛影。黒鵺が例え幻でもいいと、幽助を拒んだ蔵馬。
オレはこの先どうすればいい?
亜空間に戻って、何も出来ないことを再確認して、それから……?
選択肢はそれほど残されていなかった。
あいつらの二の舞……。
『幸福は過去ではなく、常に先にあるものだ』
コエンマの叱咤が蘇る。
『幻じゃ意味ねェだろ?』
自分が発した言葉。
『幻でもいい』
蔵馬の気持ちが、今なら痛いほどわかる。
「幽助」
優しく響いた螢子の声が、幽助の思考を閉ざした。
「幽助は青いボタンを選んだじゃない」
「……え?」
「霊界が占拠されたとき、幽助は青いボタンを選んだ。どうして?」
「え……それは……」
もう随分前のこと。霊界が過激派の宗教団体に占拠されたとき、乗り込んだ幽助たちの前に立ちはだかったのは、色違いの三つのボタンだった。
誰かが押さなければ、幽助の生まれた町は消し飛んでしまう。選択を間違えれば、押さなかった場合と同じ結末か、自らの死。ただの死ではなく、生まれ変わることさえ出来ない、魂の死だ。
正しいボタンはひとつだけ。自分の判断が、犠牲者の数を決める。そんな状況。
人間は、苦しむたびに神を信じ、崇めてきたという歴史がある。けれど幽助は信じるべき神を知らない。代わりに思いついたのは、少女の笑顔だった。
「女神の好きな色だったからでしょ」
自ら信じた少女のことを、『神』に対抗して『女神』と称した過去の自分。もちろん、螢子に打ち明けた覚えなどない言葉だ。
「………おめェ…、それ……」
「今、あんたの前にいるのは誰だと思う?」
「誰って……」
「あんたが信じた女神でしょ」
昼の海が好きだと言った螢子の笑顔。青い水面に目を輝かせていた。それと同じ笑顔がまた、ここにある。
「女神が降臨したのに、世界が滅ぶはずないじゃない。幽助の未来は冥界に乗っ取られたりしないわよ」
そういって、螢子は軽く胸をそらす。そんな幼馴染の子どもじみた仕草に、幽助の頬が自然にほころんだ。
「……螢子…」
思い通りの人物を蘇らせることは出来なかった。解決策が浮かんだわけでもない。それでも、幽助は胸を満たす不安と後悔から解放されていくのを感じた。
きっと、なんとかなる。
根拠もなく、幽助を奮い立たせるだけの力が蓄えられた。
「オレ、行ってくる……。正直、何が出来るかわかんねェ。でも、出来ること全部やるつもりで行ってくるぜ!」
「うん。幽助ならきっと、大丈夫…!」
ゆーすけーー。
夕暮れの空に、ぼたんの声が響いた。
オレを呼んでる。
幽助はゆっくりと振り向いた。夕焼けが目に染みて、ぼたんの姿は確認できなかった。赤く眩しい光が、彼の視界を満たす。

闇を照らす光は、確かに幽助の目前へと迫っていた。