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『掌に絆つないで』第四章(前半)

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Act.04 [蔵馬] 2019年11月6日更新


一体何が正しくて、一体何が間違いなのか、
思い出たちよ、今すぐこの暗闇を照らしてくれ……。(注:引用)
闇の中、蔵馬の想いに共鳴するかのように一筋の光が漏れた。
今度こそ自らの作り出した幻が現れたのかと、遠退く意識の中でぼんやり思う。
全身にまとわりつく生暖かいものの感触は、もう胸を越していた。
空を掴んでばかりの手が、光を浴びてもう一度伸ばされた。悪あがきだと、心のどこかで諦めながらも彼はもがいていた。
その手に、生身の温もりが触れる。
しっかりしろ。
懐かしい声。ぼやけた視界の向こうに、がっちりと握り締められた自分の手が見えた。
そっちの手も、早く。
その声に従って、蔵馬は両手を天に突き出そうとした。途端、自分を下方へ引きずり込もうとする力が強まり、掴まれた手首に強い痛みを感じた。
「なにやってんだ、蔵馬!! しっかりしやがれ!」
はっきりと耳に届いた声。
蔵馬は手首の痛みとその声に、薄れかけていた意識を呼び戻した。そして、目に映る光景に目を見張る。
薄明かりの中で聞いた声の主は、思い出の中の少年だった。
「……桑原…くん……?」
四聖獣のいる妖魔街で初めて対面した、あの懐かしい学ラン(制服)姿のままで、彼は蔵馬に手を差し伸べていた。蔵馬を捕らえて放さない正体不明の何か。そんなものとの力比べを余儀なくされた彼は、その重みに耐えながら訴えた。
「オレだろうがよ……!」
「…え……?」
「てめェが必死こいて呼んでたのは、このオレだろうが!!」
そう強く言い放つと、彼は一気に蔵馬の身体を引き上げた。
そこは自身の立つ位置さえ掴みきれないような暗黒の世界だったはず。けれど今は一筋の光が辺りを照らし、赤紫の大地が視界に広がっていた。蔵馬の背後は掘り下げられていて、内側には黒い霧が凝固したような物質が渦巻いていた。彼はその中に引きずり込まれそうになっていたのだ。
しかしそんな冥界の姿よりも信じ難い光景が、蔵馬の目前にはあった。
蔵馬を渦から引き上げた桑原は、肩で息をしながら口の端を引き上げた。
「おめェが冥界玉で蘇らせたのは、妖狐時代のダチじゃねェ…。おめェはオレを呼んでたんだよ。呼びつけた張本人が気づいてねェようじゃあ……オレの立場ねェけどな」
夢を見ているのかと錯覚した。
ついさっきまで朦朧とした意識の中にいたせいで、完全に覚醒できないまま、蔵馬は呆けたように桑原を眺めていた。
触れられるのだろうか。
掴まれていた手首の痛みはまだあるのに、そんな疑問が浮かぶ。
「逃がさねェぜ!」
背後で、凛とした幽助の声が響いた。
振り向くと、幽助と飛影が赤紫色のオーラをまとう黒鵺と対峙していた。
黒鵺はすでに深手を負い、立ちはだかる二人を前に後退りながらも、攻撃的な視線を彼らに向けていた。
あれは、黒鵺じゃない……。
蔵馬は彼の発するオーラに愕然とした。
妖狐の頃、ともに過ごした黒鵺が放つ妖気は、もうどこにも感じられなかった。それどころか、傷を負った部分はただれ、まったく別のごつごつとした素肌が露わになっている。
すべてを理解するには、あまりにも唐突過ぎた。
徐々に記憶を手繰り、蔵馬は冷静に事態を確認した。
ここは、妖狐時代の友・黒鵺に続いて踏み入れた世界。新境地を開拓すると彼は言った。ところがその後、黒鵺は蔵馬を捕らえ、冥界王復活という望みを告げた。それは蔵馬が知っている彼の姿ではない。ようやく蔵馬が黒鵺を疑った頃、すでに彼は罠にはまっていた。意識が混濁し、夢と現(うつつ)の区別は闇の中に封じられた。
そこへ現れたのが、失ったはずの戦友。彼の声が、彼の握る暖かい手のぬくもりが、蔵馬を現実へと引き戻した。そして、偽者の黒鵺と対峙する二人の仲間。
誰を信じるべきかは明白だった。
蔵馬は目前の桑原に視線を戻す。改めて向き合う戦友の姿に、胸の内に熱いものが込み上げた。
「行こうぜ、蔵馬」
桑原が促すと、蔵馬は大きく一度頷いて立ち上がり、そして振り返った。
視線の先には、友の名を騙り自分を闇に引きずりこもうとした輩。優しい思い出を利用して、好き勝手振舞った得体の知れぬ敵を、許すわけにはいかなかった。
強い闘気をその身にまとい、蔵馬は桑原とともに前へと進み出た。

(注)映画『幽☆遊☆白書 冥界死闘篇炎の絆』オリジナルサウンドトラック
『NIGHT MERE』(作詞:白峰美津子/作・編曲:本間勇輔/歌:緒方恵美)より引用。