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『掌に絆つないで』第四章(前半)

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Act.07 [蔵馬] 2019年11月6日更新


蔵馬の胸の前で、紅い宝石が揺れた。次の瞬間、微弱な光の中を蛇行する薔薇の鞭。蔵馬の鞭は素早く敵に絡みつき、その上半身を拘束した。
「オレの友を騙った罪、貴様の身体で償ってもらう。正体、見せろ!」
旧友、黒鵺の姿を未だ保った敵に、蔵馬は鋭い視線を向けた。
「クソ……もう少しで冥界王の復活を臨めたものを……!」
食いしばる歯の隙間から胸中を吐露しながら、黒鵺は徐々にその姿を歪めていく。
透けるように白かった手足は赤黒くなり、端正な鼻梁は岩肌のようなそれに変化していった。
本当に、幻だった……。
蔵馬は変化していく黒鵺を見つめながら、夢のようだった時間に想いを馳せる。
戸惑いながらも、もう二度と会えないと思っていた黒鵺との語らいに心を預けていた。過去に自ら見捨てた黒鵺との時間を取り戻そうと、躍起になっていた。
それなのに。
現実は心の弱みに付け込まれ、翻弄されていただけだった。
幽助の忠告に耳をかさず、自らの迷いを踏みつけて、掴むべき腕さえ見失っていた。
そんな自分が許せなかった。
完全にその正体を現した敵を、蔵馬は一切の躊躇も見せずに切り裂いた。
断末魔が耳をつんざく。緑色の返り血が、彼の頬を掠めていった。

「よし! 亜空間へ戻るぞ!」
蔵馬が傀麒に止めを刺したのを見計らって、幽助が合図した。だが、蔵馬はすぐにその場を離れることが出来なかった。
視線はただの肉塊となった敵の姿に釘付けられたまま、胸のペンダントを握り締める。
なにもかも……、幻。
黒鵺に生きていて欲しかった。
自身のエゴのために、自己満足のために、そしてひとりでは答えを見つけられない、自分自身の弱さのために。
「……蔵馬」
立ち尽くす仲間の名を呼びながら、幽助はそれ以上、言葉を続けられずにいた。
そんな彼の不器用な優しさが、背を向けながらも感じられる。
幽助なら自分を責めることもせずに、このまま光のもとへと導いてくれる。それがわかるからこそ苦しかった。一度は振り払ったその手にまたすがろうとする自分が、情けなくて認めたくなかった。
それでも、このまま立ち尽くすわけにはいかないことも理解できていた。
にわかに、蔵馬はペンダントの鎖を引きちぎる。ヘッドを握り締めたままのペンダントは、ダラリと鎖をたらした状態で蔵馬の手の中にあった。
その手は一度ほどかれようとしたが、再び力が込められた。
指の隙間から見える紅い宝石の光を恐れ、もう一度見つめることを諦めて、蔵馬は腕を後ろに引く。だが、ペンダントが投げ捨てられることはなかった。
「躊躇うくらいなら、今はまだやめておくんだな」
そう言って、彼の腕を掴んだのは飛影だった。
「飛影……」
意外なことに驚きを隠せないまま、蔵馬は腕を掴む仲間を振り返った。それと同時に、背後の二人も視界に入る。
大きな茶色い瞳が戸惑いの色を隠せないまま、自分を見つめていた。そして、その隣にはなんの違和感もなく桑原がいる。
夢のような光景を前にして、蔵馬は純粋に喜ぶことが出来ずにいる自分自身を呪った。
「オレは……オレがかつて黒鵺を助けられなかったのは……」
「蔵馬」
言葉は懐かしい少年の声によって遮られ、彼の懺悔は果たされなかった。
「黒鵺は最期になんて言ってた?」
「え……?」
「自分がやられててもおめぇには逃げろって、そう言ったんだろ?」
黒鵺の最期の声が、脳裏をよぎる。
『オレに構わず、逃げろ……蔵馬…っ!』
振り返るごと、無数の槍に追い立てられて、結局蔵馬はその場を離れざるを得なかった。
黒鵺は、ずっと一人きりで生きてきた蔵馬が、初めて友と呼んだ男。彼もまた、蔵馬を友と慕ってくれていたであろうことは、その姿からも明白だった。
「どうして……それを…」
「おめェに呼ばれた瞬間にな、おめェが今まで体験してきたこととか全部、わかっちまったんだよ。冥界玉ってのは、そういう力があるらしい」
記憶を共有したことに罪悪感でもあるのか、桑原は少し困ったように笑った。
「おめェは黒鵺との思い出が汚されちまったみたいに思ってるかもしれねェけどよ、実際はなんにも汚れちゃいねぇんだぜ」
自らが危機に追いやられていても、友の身を案じていた黒鵺。
彼を失った後の蔵馬は、人間に憑依するまで凍てついた心を溶かす術を知らなかった。
息子と信じて育ててくれた人間の母や、今も目前に立つ仲間たちが現れるまで、ずっと忘れたままでいたのだ。
「持っててやれよ。そのペンダントは、大事な形見には変わりねェ」
視線を落とした蔵馬の手から、花開くようにゆっくりと紅い宝石が現れる。
薄暗い封印の地においても、雫を模った宝石は柔らかい光を反射して輝いた。その輝きから、汚れを見出すことは出来なかった。
「行くぜ、蔵馬」
幽助が、今度は力強く名を呼ぶ。大きな茶色い瞳からは、もう戸惑いの色など消え失せていた。

闇が、消え去っていく。眩しいほどの光に包み込まれて。