再見
「、、なんで、そんなに私は、誰とも彼とも喧嘩になる?。赤ん坊じゃあるまいし、私はそんなに喧嘩っ早いか?。」
負けん気が強くて、誰彼構わず物怖じしない。正しくないと思えば、年長者にも物申すのだ。これを喧嘩っ早いと言わずして、と、靖王は思うのだが。
『小殊が気を悪くした』靖王は少し、焦る。
━━だが、いつものお前とは、何かが違うのだ。
小殊、一体、何を憂う?。━━
東海へ行ってしまえば、おいそれとは、金陵に戻れなくなるのだ。靖王は、会っているこの時に、幾らかでも、林殊の心を軽くしてやりたかった。
「、、、、小殊、お前らしくない。何か、心に引っかかる事があるのではないのか?。」
靖王は、単刀直入に、林殊に問う。
━━探ろうとするから、小殊が怒るのだ。━━
靖王の一言に、林殊はどきりとしたようで、大きな黒目の瞳を、更に大きくし靖王の顔を見ていた。
靖王の言葉は、図星だったのだ。
だが、それでもぐずぐずして、一言も喋ろうとはしない。
━━小殊らしくない!!。━━
林殊に言えぬことなど無いのだ。
━━何故、こうも口篭る?。何故、私に言えぬ?。
私に助けてほしいのだろう?。
誰かの秘密でも握ってしまったのか?。━━
「何があったのだ?。私にも言えぬ事なのか?。」
━━小殊は私に、隠し事を持つ事は、無いと思っていたのに、、。━━
疚(やま)しい事では無いのだろう。靖王が見つめる視線を外すことは無い。林殊は、ただ、困っている様にも見えた。
「、、、どんな事でも、揶揄(からか)ったり、笑ったりせぬ。言えば楽になる筈だ。」
「あ、、、いや、、そんな、、変な事じゃ、、。」
「、、、言ってみろ、私だって、小殊の力になれる。」
「、、、、ん、、、と、、。」
林殊は口篭って、目を外らす。
「私には言えぬ事なのか?。、、、、それは、少し寂しい。」
少し所ではない。
「あ、、そういう事じゃ、、。」
さらに困る林殊。
「、、、小殊、、。」
靖王は林殊を睨み付け、林殊に近づいて行く。
「え、、おい、近すぎるだろ、、来るな。」
「、、、、、。」
無言でぐいぐい迫っていく靖王。
「目が、、目が怖いから、、、そんな顔で、、ヤメロ。」
胸が付くほど近寄られ、後退りする林殊。後退りなどという速さではない、後ろ向きに、小走りしている感じだった。
林殊は両手で、靖王の胸を押し返そうとするが、後ろ向きに走った形では、力も入らない。
「、、景っ、、、。」
力が入らぬまま、窓際の壁まで、追い詰められてしまった。
「小殊、一体、何があったのだ?。」
「、、、ん〜〜〜、、、エ〜ト〜。」
靖王は林殊の両肩を掴み、林殊の耳元に顔を寄せ、
「言・え!。」
静かに、だが力強く言葉を吐いた。
「、、、、、。」
それでも、何も言わない林殊の強情さを、少し憎らしく思った。
━━そんなに頼りにされていないのか?、私は。━━
これまでの長い付き合いで、靖王は何でも林殊に言っていたのに。自分が蚊帳の外に出された様で、心底切なくなる。
━━寂しい、、、。━━
少しの憎らしさもあって、林殊の体を抱きしめる。
ぎゅっと力を込め、だが、大事に、林殊の体を強く抱きしめる。林殊を、痛め付けたい訳では無い。林殊が心配で仕方がないのに、林殊が受け入れない、歯痒さ、。
━━小殊が、言いたくないのなら、言わずとも良いのだ。━━
林殊が幾らかでも、心の穏やかになれる、居場所になってやりたい。
気持ちが伝わらない歯痒さに、靖王が区切りをつける。林殊が、打ち明けようと、秘めたままでいようと、靖王の気持ちには変わりがない。
少し長い時間、抱き締めていたが、いつまでもこうしている訳にもいかない。靖王はゆっくりと、腕の力を緩める。
すると林殊は、靖王の背中に腕を回し、靖王を優しく抱く。
「、、言えないんじゃなくて、どう言っていいのか、分からないんだよ。」
そう言うと、林殊は靖王の肩に顔を埋める。
━━小殊はちゃんと、私の気持ちが分かっているのだ。━━
「、、、何かが不穏だ。」
心を決めた様に、林殊がぽつりと言う。
「?、、何が?、どういう事だ?、小殊。」
「、、分からない、、、。気のせい、、なのかも。」
「小殊の直感でも、、、。」
林殊は直感が、子供の時から優れている。林殊が『何かある』と言えば、必ず何かがあった。林殊が察知する不穏には、それなりの裏付けが出来たのだ。
「父上にも言ってはみた、、、。大渝や、朝廷の動きを教えてくれたけど、、『これだ』と思えるものは無い。私の周辺にも、これと言って、気になる動きは無いんだ、、、。」
「ならば、小殊の思い過ごしなのではないか?。」
「、、、うん、、、そうかも知れない、、、。」
靖王の背に回した、林殊の腕に、力が入る。
━━怖いのだ、、小殊は、、。━━
強がりの林殊が、怖がった姿など、見せたことが無い。
━━ただ事では無い。━━
いつもと違う林殊の姿と、友にも、言葉では明かせない林殊の心が、靖王の中で繋がった。
━━本当は、『怖い』と、言ってしまいたかったんだろう?。助けて欲しかったんだろう?。
自分でも、恐怖心をどうして良いのか、分からなくて、小殊はここで、ずっと私を待っていたのだ。━━
そう考えると、林殊が愛おしくて堪らなくなる。
林殊は、友である前に、幼馴染である前に、赤ん坊の頃から知っている、血を分けた弟の様なものなのだ。
━━私を頼りにしてくれた。━━
林殊の行く、この度の梅嶺では、赤焔軍全軍と、大渝数万との、大戦になるという話だった。軍としての統率や能力は、大渝軍の遥かに上をいき、「赤焔軍は苦戦はするまい」と言われている。だからと言って、赤焔軍の主帥林燮が、浮き足立ち、相手を侮る事は絶対に無い。
これまでに無い、大きな戦いになる。
林殊は、早くから戦さに出て、戦場慣れはしているのだろうが、、、怖くない筈が無い。
靖王は今一度、林殊を抱き締める。
「小殊、、、梅嶺へは行くな。私と東海へ行こう。
小殊の能力は充分あるのだろうが、その若さで小帥として、先陣をきったり、遊撃隊として、敵陣を縦横に駆け巡ったり、、、お前の負担が大き過ぎるのだ。近頃の赤焔軍を話に聞けば、小殊頼りの作戦が、多過ぎる。」
「、、、、、ん、、。」
林殊は、体を靖王に任せている。心地よいのだろう。
「お前に万が一があったらどうするのだ?。お前は誰に言われずとも、率先して、前線に行くのだろう?。狙われる。何故、林主帥は何も言わずに、小殊にさせておくのだ。父親なら、小殊が心配では、無いのか?。」
「、、、、、、、。」
「皆、お前に頼り過ぎだ。お前はまだ、成人にも満たぬのに、、。これだけ若いのに、『赤羽営林殊』の名が、近隣諸国に知れ渡ったら、戦場では、敵の狙いが小殊に集中する。敵はお前の首を、取りたがるだろう。命が幾つあっても、とても足りぬ。」
「クスクスクスクス、、。」
林殊が笑っている。
「、、、、。」
ぎょっとして、靖王は無言で、林殊の体を離す。
林殊は、少し含羞(はにか)んだような、笑顔を見せ。
「それは私を褒めているのか?。」