再見
「馬鹿、どこが褒めているんだ?。私は無茶をする小殊を、怒っているのだ。」
「それが、赤焔軍での私の役目なのだ。敵軍の撹乱なのさ。父上は、私を見込んでいるんだ。」
覚悟と自信と誇りとを含ませ、林殊が笑む。
靖王の心は震えた。
━━これが無敗の赤焔軍なのだ。━━
靖王は、子供っぽさの消えない林殊しか、知らなかった。
子供の器に大人顔負けの、武芸や知識が入っている林殊、靖王は、そんな風に思っていた。、、
年を重ねたなら、子供であっても、それなりの落ち着きが出てくるものだが、何か変わったとは思えない。
いつまでもいつまでも、子供っぽさが抜けきらぬどころか、まるで子供のような、ずっとこのままの林殊なのだろうと思っていた。
それがこの一〜ニ年、驚く程、雰囲気を変えた。
純真たる、ただの悪戯好きな、子供では無くなった。
子供の頃、二人で互いに、夢を語り合った。
祁王の治世の元、この大梁を守るのだ、と。
大切な人のいる、この祖国を守るのだ、と。
そして赤焔軍の一角を担う今、林殊自身も、自分の立場をよく弁(わきま)えて、赤焔軍の一兵卒として、義兄弟の中で尽くし、空を得た大鷲の様に、それはそれは活き活きと輝き宙を巡るのだ。頭角を現すのに刻は要さなかった。
林殊の天命の如し。
赤焔軍が林殊を変えたのだろうか。
赤焔軍は、大人だろうが、年若かろうが、経験の浅いも深いも関係なく、各々能力を尽くし、赤焔軍は皆が一つの生き物のように、戦場を駆ける。
赤焔軍と戦った者は、巨大な生き物に、呑みこまれる恐怖の感覚を、口々に語り出す。それ程の強さを持つ大軍隊。
林殊は、この最強の軍の中にいても、恐怖を嗅ぎ取ってしまっている。
言葉に出して、『気のせいかも知れない』と、頭と心で踏ん切りをつけても、僅かに林殊の心に燻る恐怖心を、消す事は出来なかった。
靖王に伝わらない訳は無い。
林殊の体のどこかで消えぬ恐れは、その表情から、背中に回したその手から、その体から、靖王には、痛いほどに伝わってくるのだ。
突然、林殊が口を開く。
「おい!、景琰!。」
「、、え?、、。」
林殊の目が怒っている。林殊を、怒らせる事を、言った覚えは全く無い。
「、、、、、また私の事を、『可哀想だ』とか、思ったんだろ、、。」
「、、、、、え?、、、いや、別に、、。」
「絶対、思ったろ。」
「、、、、、、、。」
「景琰は、モロに顔に出るから、丸わかりだ。」
「、、、、、、、(汗)。」
「二つしか違わないのに、、、兄貴面すんな!!。」
━━それを怒っていたのか、、。━━
靖王は、威勢のいい林殊の声に、はっとし、幾らかの安堵も覚える。
「何を言ってる?、二つも違えば立派な兄だ。小殊が認めたくなくとも、事実ではないか。」
「うるさーい、景琰は兄貴なんかじゃない。」
「、、、、じゃ、私は何だ?。」
「え?、、、、、え、、、っと、、、ん?。」
「一体、何だ?、言ってみよ。
蒙摯や、赤焔軍の聶鋒を、兄と呼べても、私の事は、兄とは呼べぬのか?。」
靖王は、少し脅すように、いつもよりも声を低くし、ゆっくりと言ってみる。
「え、、ぁっ、、だって、蒙哥哥も聶哥哥も、二人とも、だいぶ年上だし、、呼ばないとまずいだろ、、。」
じっと林殊から目を離さずに、林殊の答えを待つ。
━━兄だの殿下だの、呼び名など、どうでもいいことだが、、。どうせ、私の事を『兄』とは、言いたくないだけなのだ。どう答えるのか、困っている小殊も、見ていると楽しい。━━
「言うまで離さぬ。早く言え。」
靖王は、林殊が言うまで、逃がさない気、満々。
林殊の、体を押さえる手にも、力が入る。
林殊は困ったように、眉間に皺を寄せて、靖王を見ている。困らせたくて、靖王が言っているのは、林殊には分かっている。
林殊は、靖王を『兄』とも、どう思っているのかも、尚更、言いたくなくなっていた。
──何て言ったら、景琰はギャフンと言うだろう。──
そんな事を、ずっと考えていた。
「ほら、言ってみろ、『哥・哥』。」
平然と攻める靖王に、林殊は、苛々していた。
──、、、絶対、言わない。──
林殊のむかむかは頂点に、、、。
「景琰、、、。」
そう言うと、林殊は、靖王の耳元に唇を寄せ。
「こんなにお前の事が好きなのに、、私が口で言わないと、分からないのか?。」
溜息混じりに囁いた。
ふわりと包むような、林殊の腕(かいな)。林殊の息が耳元や項(うなじ)に掛かる。
『ドクン』という心臓の大きな一音と共に、靖王は、体が、かっと熱くなるのを覚えた。
「、、、、、。」
心臓の高鳴りを聞かれたくない、と、靖王は咄嗟に思った。
そして林殊の体を引き剥がす。
「、、、、プッ。」
林殊と目が合い。林殊は吹き出した。
「景琰、、耳、真っ赤。」
「、、、、、、。」
恥ずかしい所ではない。
━━知られた。━━
更に熱くなるのが分かる。
面白がって、靖王の気持ちを、逆撫でするかの様に、林殊は、靖王の耳を触ってくる。
「耳ー、熱〜〜、大丈夫か?、熱、あるぞ。」
靖王は、この手の事は疎い、というか、免疫が無い事を、林殊はよく知っていた。
林殊だとて、経験も知識も、豊富にある訳では無いが。靖王の反応が、面白くて仕方がない。
──形勢逆転〜。──
靖王をからかって、楽しむつもり満々だった。
「、、そうやって、兄をからかう悪い子はだな、、。」
「ん?。」
「擽(くすぐ)りの刑だ。」
「あ──────っっっ!!!。」
脇腹から、脇の下から、擽ってやった。
「ぎゃははは、、やめろっ、、景、、擽ったい!。」
止めない靖王。
「どこが擽ったいか、子供の頃からの付き合いなのだ。私は良〜く知ってるからな。」
「ぁwww、、勘弁勘弁、、景、、、。」
その場に座り込んで、靖王の擽りの手から、逃れようとするのだが、中々許さない靖王。
林殊は擽られすぎて、触られただけで、どこもかしこも擽ったい様だ。
靖王も、そろそろ許してやろうかと、、、、。擽りの手が緩む。その時。
「あっ!、景琰!!、、やめてっっっ!!!。」
「小殊??。」
「殿下!!、そんなとこ触っちゃ!!!!あっ!!。」
もう、どこも擽っていないのに、林殊は大声を出している。
「哥哥────────っ、だめぇ─────っ!。」
「、、、小っ!!、、。」
━━とんでもないヤツだ!、こいつ、、。━━
靖王に冷や汗が出る。
靖王は大慌てで、書房の入り口まで走り、扉を開け放った。
別の意味で、靖王の心臓が大きく鼓動している。
幸い、靖王府の書房近辺に、あまり従者は寄り付かず、やはり今も、人影は見当たらない。
━━万が一、誰かが聞いていたら、あらぬ誤解を受ける。━━
ほっと吐息を漏らす。
「あははははははは、、、景琰の慌て様〜。」
慌てふためいた靖王を、逆撫でする様に笑う林殊。
━━このwww、悪童め!。━━
だいぶ前の話だが、靖王府に女気が無く、や靖王自身にも浮ついた話が無い事を、有るまじき性癖の持ち主とか、幾らか囁かれた事がかあったのだ。