再見
祁王に可愛がられる靖王を妬んだ、一部の者が、言いふらした事だったが、靖王の心は、この風評に、傷付いた。
笑い転げる林殊を見て、何故、林殊が、こんな仕打ちを、、と、忌々しい気持ちになった。
━━ああ、そう言えば、祁王に忠言されたあの場に、小殊は居たのだ。━━
未だに、これだけ自分が慌てるところを見ると、靖王は当時の傷が、癒えていない事に気がついた。
━━小殊だって、噂の当事者だったのに、、。
、、、、全く、、こんなにあっけらかんと、、。━━
案外、自分自身が女々しいのかも知れない、と、笑い転げる林殊を見て、靖王は思った。
息苦しそうに笑う林殊。そろそろ疲れたと見えて、落ち着いてきた。
「はぁー、苦しかったー。」
「、、、全く、可笑しいと思うのは、小殊だけだ。」
「え、、だって、、、、プ。」
靖王を見て、また吹き出す。
「小殊っ、、もう、、、いい加減にしろ。」
「ふふふふっ、、、。」
林殊は立ち上がり、笑いを噛み殺しながら、靖王の側まで来る。そして、靖王の肩に手を置くと、囁いた。
「だって、無理なんじゃね?、こんなに免疫なくってさぁ、『兄』と呼べとか、『年長』だとか。」
「、、、、むっ、。」
靖王は言い返そうとしたが、言葉が見つからない。
「ちょっと囁いただけで、真っ赤になったり、慌てたり、私から『兄』なんて早いんじゃないか。ははは。」
「ならば小殊は『免疫』とやらが、あると言うのか?。」
「まぁ、、軍の義兄から色々とね〜、、、教育されたって言うか、、、。」
赤焔軍、、、ろくでもない連中だった。
━━赤焔軍は、色々な人間が、入り乱れているからな、、。善良な者、、爪弾きされている者、、、風変わりな者、、、、、、変な輩も、、妙な輩も、、。━━
「それに、私にはほら、霓凰いるし。」
「霓凰と、そんな言葉を、交わしているのか?。」
「あれくらい、何でもないだろ。第一、私と霓凰は、許嫁なんだし。、、、そんな変な事してないよ。変な事したら、雲南王が怖いだろ。」
「、、、まぁ、、、怖いな、、。」
幾度か婿として懐柔を試みたが、雲南王の心は軟化せず、林殊には当たりが強い。恐怖の雲南王。金陵では有名だった。
「にしてもさ、景琰。あんなんで、耳真っ赤にしてたらお前、格好の美人計の標的になるぞ。少し鍛えろよ。私が手伝おうか?。」
「、、いい、、、遠慮する。」
「私と景琰だから出来るんだろ。こんな事、誰に頼むつもりだ?、祁王にか?。、、、景琰、自分で世の中見なきゃ。」
「不要だ、そんな事、知らずとも。、、、ほっとけ、構うな。」
「普通、景琰の年なら、とっくに色恋の、一つや二つ位さぁ、、、。あ?、私に内緒か?。」
「私のように、皇位の低い者でも、婚姻は自由にならぬ。娶る縁のある者を、大切にするだけだ。」
「はぁぁぁ〜〜?、うっそだろ?。誰かいないのか?、景琰の心を動かした乙女は。芷蘿宮の小釉とか、祁王府の程児とか、綺麗所を見ても、お前何とも思わないのか?。」
「格段、何とも。」
「、、、、これは、、ただ頭が固いどころじゃ、、相当な重症だぞ、景琰。治さなきゃ。」
「要らぬ。私は女子を侍らせて、遊んだりするより、小殊や兄上達と、軍や国の事を話していた方が、気を使わぬし、楽しいのだ。皇族として当然の事だろう?。」
「、、、、硬っっ、鋼並みだな、、、。
景琰、お前が東海から戻ったら、花街へ、私と遊びに行こう。景琰と遊びに行くのは、いつも、野駆けで、郊外ばかりに行っていた。景琰と城内で、あまり遊んだ事が無いや。」
「、、、うん??。」
「行くぞ、約束だぞ。
、、、景琰、ちょっと所じゃなく、このまんまじゃ、ヤバいわお前。赤焔軍の義兄と行った店だけど、変な所には、連れていかないから、安心して。」
「、、、、、。」
「な?。行こう。勉強だと思ってさ。」
「、、、、ん、、。まぁ、小殊と一緒ならば、、。」
「よし。絶対だぞ。絶対だからな。」
「分かった、行くから。」
「ホントだぞ、、、はい指きり。」
林殊は、親指と小指を立てて、靖王の目の前に出した。
「小殊、お前、幾つなのだ、子供じゃあるまいし、、指きりだと??。」
「花街で変な事する訳じゃないけど、堅物の景琰が、直前で尻込みすると、嫌だからな。はい、手、出して。」
靖王が約束を違える事は無いが、子供じみた指きりまでしておいたら、覚悟をするだろう、林殊はそう思っていた。
「馬鹿、誰かに見られたら、それこそ笑われる。」
「どうせこの書房の辺りは、猫もいないだろ。誰かいたら、丁度いい、約束の証人になってもらう。」
━━小殊は、本気で連れていく気なのだ。━━
自分のために、親身に何かをしてもらおうとしていて、悪い気はしなかった。
顔も綻び、右手を上げ、小指を絡め、約束をする。
子供の頃に、よくこうして指きりをした。
小さな林殊に、してはいけない事を教え、禁止する為であったり、、、または林殊が、自分の願いを、無理やり通す時だったり。
時折、林殊に約束は破られたが、今では、少し擽ったい思い出だけが、残っている。
靖王の脳裏に、懐かしさと、当時の林殊のあどけなさが蘇る。
当時の、あの可愛らしい小さな手は、もう無い。
槍と剣を握り、力強さを増した、無骨な指。
だが靖王は、自分よりも幾らか太い指にふれたら、不思議と忽ち、あの頃の、林殊の手の感覚が蘇る。
━━大きくなっても、何一つ変わらぬ、小殊なのだ。━━
「よしっ!、絶対に行くからな!。約束したぞ。
私が梅嶺から戻ったら、必ずだからな!。」
「ふふふ、、いつになるかな、、。」
「うーん、、今年の内は帰れないかな〜。もー大渝なんか、ちゃっちゃと片付けるぜ。」
「楽しみにしてるよ。」
「ふふふ、、、。」
「ふふ、、、。」
二人で、微笑み合う。
「、、、、なんかさっきから、景琰、いい匂いがするんだけど、、、??、、何??。」
「、、ん??、、。」
「、、クンクンクン、、、何だろう??、、『香』か何か?、香袋?。」
「あぁ、ならば、これかもしれぬな。」
靖王は腰帯に付けた、錦袋を解く。
「ん?、どれどれ??。、、、ん、コレだ。」
靖王に渡された林殊が、錦袋の香気を吸う。
「綺麗な匂いだ。これは好みだな。
残念ながら美貌のご令嬢から、貰ったんじゃないんだろ?。ふふ、、どうせ芷蘿宮の静嬪がくれたのだろ。」
「むっ、、。」
林殊の決めつけに、ムッとしたが、、。
━━腹が立つが、、、、確かに贈り主は、母上だしな、、。━━
「、、え?、、なに、景琰、、その意味深な笑い顔。」
━━ん?、私は笑っているのか?。━━
腹の立つ言われ様で、事実を突かれたが、認めるのも癪に触り、黙っていたが、まさか笑みを浮べていたとは、自分の顔ながら、靖王も気が付かなかった。
どうせ何と返しても、林殊に囃(はや)される。無言を通そうと決めていたが、無意識に顔が緩んでいたらしい。
「何??、静嬪じゃないのか??。」
「、、、、、。」
「えっ、、誰だよ。私の知っている娘なのか?。オイ!。」
「、、、、、。」
「教えろよ〜。誰?。」
「、、、、、。」
━━絶対、教えない。━━