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 手袋を外しといた俺、偉いぞ! なんて、寒さのためばかりでなく赤く染まっているだろう頬の熱を持て余しながら、上の空になりがちな思考の片隅で思う。
 一昨年のクリスマスに義勇から貰った、カシミヤの赤い手袋は、炭治郎の宝物の一つだ。万が一にも汚したくなくて、コーヒーを開ける前にポケットにしまい込んだ自分を、ちょっと褒めてなんかみる。
 だって手を繋ぐなら、やっぱり肌が触れ合うほうがいい。来る途中は寒さを理由に手袋を外させてはもらえなかったから、やっとじかに触れられた義勇の温もりに、ホッとしたりもする。
 手を繋ぐどころか全身余さず触れられてから、まだ一時間ばかりしか経っていないのに、もう体も心も、義勇が足りないもっと寄越せと騒ぎ出している。少しでも触れてしまうと、その先を知ってしまっている今となっては、我慢をするのは難しくなった。
 しかも義勇はそれを察しながら、炭治郎を甘やかす素振りでその実煽ってくるからタチが悪い。悪戯に掌をくすぐる義勇の固い親指に、炭治郎がゾクゾクとした甘い疼きを募らせていることぐらい、絶対に気がついているだろうに、顔だけは澄ましたまま明日の予定なんか話している。
 せっかく丸一日休めるんだし、ひと眠りしたらどこかに行くか? なんて。今炭治郎が行きたい場所がどこかなんてわかりきっているくせに、本当にこういうときの義勇は意地が悪い。
 少し仰のきコーヒーを嚥下する喉の動きや、小さく唇を舐める舌先に、炭治郎がなにを想像して洩らす息に熱を籠らせているのか、全部承知した上で、決定権は炭治郎に譲るのだ。
 選ぶのはお前だと突きつけられる選択肢に、いつも炭治郎は少し怯えてしまう。

 多分、告白したときだってそうだった。

 炭治郎の想いに応えると言いながら、肝心の未来への選択を、義勇は炭治郎に投げ渡してきた。甘い誘惑と共に。
 猶予をやるからお前が決めろと。もしこの手を取るのなら、提示した日までに俺に食われる覚悟を決めて、自分の心の準備を整えろと。義勇はきっとそう言いたかったはずだ。
 それは炭治郎に逃げ道を残すための、義勇の優しさや怯えだったのかもしれないし、反対に炭治郎に選ばせることで逃げ道をなくさせる、ズルい大人の罠だったのかもしれない。
 あの日の義勇の真意までは、炭治郎にはわからない。それを悟るほどの経験は炭治郎にはなく、義勇が与えてくれるものすべてに目が眩む炭治郎にしてみれば、どちらだって関係がなかった。
 いずれにせよ、炭治郎は義勇の手を取ることを選んだし、それを後悔などしていないのだからどちらだってかまわないのだ。肝心なのは、義勇が炭治郎を得たいと願ってくれたその心が、いつまでもそのままであってくれること。それだけ果たされるのなら、悪魔の罠に落ちて、魂を譲り渡すことなんて、あまりにも容易い。
 だってとうに囚われている。魂ごとすべて。

 準備なんてとうにできていた。怯えようが震えようが、選択肢なんて、初めから一つしかないのだ。

「義勇さん……」
「ん?」
 柔らかな短い相槌は、痺れるほどに甘い。
「どこも、行きたくないです……」
「うん」
 吐息交じりの声は、答えを知っていながら先を促すから。
「きっと、洗い立ての敷きパッド、気持ちいいと思うから……」
「うん」
 ゴゥンゴゥンと、音を立てて乾燥機が回る。タイマーが切れるまであと少し。
 悪戯な指先は、ゆるりと動く。炭治郎の体の奥底で、燻る熱がぐるぐる回る。
「だから、あの……ずっと……」
「うん」
 縋る視線に笑う義勇の目元は、柔らかな弧を描いて、炭治郎を映す。
 悪魔のように美しく優しい瑠璃の瞳が、理性や羞恥を溶かしていく。
「今日は、ずっと、抱き締めてて……ください」
「……いい子だ」
 正解、と告げるように小さなリップ音を立てて吸われた唇から、チョコよりも甘い誘惑の蜜が全身を巡って、炭治郎は抗いようのない陶酔感に襲われた。

 洗濯したばかりの敷きパッドは、きっとすぐさままた汚れて、結局冷たいシーツで眠ることになるのだろう。もしかしたら義勇にとっては予定調和の結末かもしれないが、それならそれでいい。義勇はきっと、炭治郎がもう替えがないのにとむくれるのにすら、楽しげに笑うだろうから。

 もしも、義勇が炭治郎に選択を譲る理由が、義勇の抱える臆病さゆえでもかまわない。それすらが炭治郎には愛おしい。
 準備はいつだってできているから、心配せずに答えを待てばいいと、ほんの少しだけお兄ちゃんな気持ちで、炭治郎はさらに深い口づけを強請って目を閉じた。